第18話 水中の恐怖
修理の2日目から、数字が縮んでいった。
朝にゼロが報告してくる。「T-25の推定位置、70海里」。翌朝、「60海里」。その翌朝、「50海里」。潜水艦なので針路は読めない。ただ縮んでいく数字だけが確かだった。
川端は毎朝その数字を聞いて、海図を見た。何も言わなかった。
修理は続けた。川端が「修理を止める理由はない」と言った。止めて逃げても、潜水艦相手には意味がないと。テルファンは中立港だ。港の中で攻撃してくれば国際問題になる。ハルトはそこまでするか。ゼロは「しないと思います。ただ、確証はない」と言った。
大沼との点検は毎日続いた。
3日目に、堂島は右舷第4区画の継ぎ目の腐食を自分で見つけた。大沼が止まる前に、堂島が先に指を当てた。
大沼が確認した。「合っている」と言った。
「温度が周囲より低かった」と堂島は言った。
「今日で3日目だ」と大沼は言った。「昨日は2箇所見えた。今日は1箇所だ。まだある」
「どこですか?」
「自分で探せ」と大沼は言った。
堂島は艦底を一周した。もう1箇所見つけた。炉心室の配管の下、普段は確認しにくい裏側だった。
大沼が確認した。何も言わなかった。それが答えだった。
汐が溶接補修を担当していた。堂島が指定した箇所を汐が溶接した。3日前より均質だった。手で触れなくても目で見てわかった。
4日目の夜、堂島は艦底区画で点検をしていた。
ゼロからの最新報告は「40海里」だった。
懐中電灯で継ぎ目を確認しながら、外板に手を当てた。感じた。今夜も感じた。北の方向、港の外。しかし何かが違った。今夜は動き方が違う。一定の方向に進んでいない。円を描くように動いている。
止まった。
外板に両手を当てた。目を閉じた。機関の振動を除いた。港の波を除いた。残ったものを追った。
円ではなかった。螺旋だった。深くなっている。潜っている。潜りながら、近づいている。
手帳を出した。「4日目夜・螺旋状の動き・深度が変化している・近づいている」
閉じた。艦橋に向かった。
川端はまだ起きていた。
海図を見ていた。堂島が来ると振り返った。「何か?」
「動き方が変わりました」と堂島は言った。「螺旋状に深く潜りながら近づいています。港への接近を計算していると思います」
川端は堂島を見た。「なぜ、わかる?」
「外板に手を当てると伝わってきます」と堂島は言った。「うまく説明できません。ただ確かに感じます」
川端は少し間を置いた。「距離はわかるか?」
「正確にはわかりません。ただ、今夜中には来ないと思います。まだ遠い」
「わかった」と川端は言った。「全員を起こす。いつ来てもいいように準備を」
堂島は艦橋を出た。廊下でゼロとすれ違った。ゼロはすでに起きていた。計算紙を持っていた。
「聞いていましたか?」と堂島は言った。
「全部」とゼロは言った。眼鏡の奥の目が動いた。「螺旋状に潜りながら近づく。T艦の接近パターンです。攻撃前に最適な深度と角度を計算している」ゼロは計算紙に何かを書いた。「あなたはそれを外板越しに感じた」
堂島は何も言わなかった。
「明日、詳しく聞かせてください」とゼロは言った。「今夜ではなく、明日」
夜明け前、衝撃が来た。
堂島は船室で仮眠を取っていた。
最初に感じたのは音ではなかった。圧力だった。空気が一瞬凝縮したような感触が耳の奥に来た。それから艦体が動いた。横ではなく、下から突き上げる動きだった。寝台から落ちた。床に手をついた。
静かだった。
その静けさが怖かった。爆発音が遅れて来た。くぐもった、低い音だった。水の中で鳴った音だとわかった。港の夜の静寂がその音を飲み込んだ。
一拍おいて、艦内が動いた。
通路を走る足音。通話管の呼び出し音。誰かが叫んだ声が壁越しに聞こえた。言葉ではなかった。反射的な声だった。
通話管が鳴った。三島の声だった。「艦底、右舷第1区画下部に浸水開始。浸水速度、急速」
堂島は船室を出た。走った。廊下で汐とすれ違った。汐の顔が青かった。目が合った。何も言わずに両方向に走った。
右舷第1区画に入った。床に水が来ていた。外板の下部、ちょうど喫水線より深い場所だ。魚雷の命中点はそこより更に下——艦底の外側だ。外板が変形している。裂け目ではない。変形によって生じた隙間から水が押し込んできていた。複数箇所、同時に。
大沼がすでにいた。懐中電灯で照らしていた。
「パッチは使えるか?」と大沼は言った。
堂島は変形した外板を見た。「縁が不規則に変形しています。パッチが密着しません」
「溶接は?」
「浸水中の外板への溶接は危険です。水分で溶接部が脆くなります」
「じゃあどうする?」
堂島は外板に手を当てた。変形の範囲を確認した。隙間の位置を確認した。「防水布を詰めて体重で押さえます。並行して排水ポンプを最大出力にします。完全には止まりませんが、浸水速度を落とせれば十分です」
「押さえれるか?」
「押さえます。大沼さんは排水ポンプの増設を」
大沼はすでに動いていた。
堂島は防水布を詰めた。膝をついた。両手で押さえた。水圧が手のひらを押し返してきた。艦底の変形した外板越しに、水の重さが伝わってきた。
そのとき、感じた。
T-25がいた。
外板の外、水中に。真下ではなかった。右舷前方30度、深さはわからないが浅い。浮上してきている。次の魚雷を準備している——そう感じた。感じた、としか言えなかった。距離がわかった。近い。蒼嵐の全長より少し遠い程度だ。
「川端さん」と通話管に向かって言った。
「なんだ?」と川端の声が来た。
「右舷前方30度、浅深度にT-25がいます。次の魚雷を準備しています。今すぐ爆雷を投下してください」
短い沈黙があった。
「根拠は?」と川端は言った。
「外板越しに感じます」と堂島は言った。「説明できません。ただ確かにいます」
また短い沈黙があった。
「右舷爆雷、投下準備」と川端の声が来た。「堂島、投下のタイミングを指示しろ」
堂島は手のひらを押さえたまま、水中の動きを追った。T-25が動いている。角度が変わった。
「少し待ってください」と堂島は言った。「今動いています」
待った。30秒。T-25が止まった。深度が上がった。
「今です」と堂島は言った。
爆雷が投下された。
2秒後、水中で爆発音がした。艦体が揺れた。今度は外からではなく、水を通した振動だった。
通話管に荒木の声が来た。「右舷前方、水柱確認。何か浮いてきています」
堂島は外板を押さえたまま、水中を感じた。
T-25がいた。動いていた。しかし動き方が変わった。螺旋ではなかった。直線だった。北に向かっていた。逃げている。
「離れていきます」と堂島は言った。「北に向かっています」
「追えるか?」と川端の声が来た。
「追えません」と堂島は言った。「港に停泊中です。出港するまでの時間で逃げられます」
沈黙があった。「わかった」と川端は言った。
堂島は外板を押さえ続けた。水圧が続いていた。止まっていなかった。ただ、速度は落ちていた。
大沼が排水ポンプを増設して戻ってきた。「持ちそうか?」
「持ちます」と堂島は言った。
大沼は隣に膝をついた。堂島の隣の隙間を手で押さえた。2人で押さえた。
夜明けの光が区画の小窓から入ってきた。港の水面が明るくなってきていた。T-25はもう感じなかった。北に消えていた。
朝、ゼロが艦底区画に来た。
堂島がまだ外板を押さえていた。汐と三島が交代要員で来ていた。堂島は手を離した。汐が代わりに押さえた。
ゼロは堂島の手を見た。「痛みますか?」
「大丈夫です」と堂島は言った。
「昨夜、あなたが言った座標に爆雷が当たりました」とゼロは言った。静かな声だった。「T-25から油が出ています。損傷しています。爆雷の投下タイミングを、外板越しに感知して指示した」
堂島は何も言わなかった。
「水中でも感じられるのか」とゼロは言った。独り言のように言った。「何者だ、あの技術顧問は——ハルト少将が言いそうな台詞です」ゼロは眼鏡を押し上げた。「詳しく聞かせてください。今日、時間をもらえますか?」
堂島は艦底の外板を見た。汐が押さえていた。浸水速度は落ちていた。
「修理が先です」と堂島は言った。「その後で」




