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第16話 テルファン

 接岸に1時間かかった。


 大型港だから手順が多い。停泊位置の指定、係留索の固定、入港申告。川端が事務手続きに降りた。ゼロは川端と同時に降りた。工廠に向かうと言った。部品リストを持っていた。


 堂島は艦内に残って修理リストを確認した。


 テルファンでやるべき作業は7項目ある。エーテル砲の出力調整。各区画の溶接補修。炉心室の配管点検。副砲の薬莢排出機構の整備。艦底外板の追加点検。エーテル回路の全面診断。そして複合回路の試作搭載。


 最後の1項目だけ、堂島にはまだ実感がなかった。



 翌朝、大沼が来た。


 「点検に行くぞ」と言った。工具袋を持っていた。


 2人で艦底区画から回った。大沼が先を歩いた。懐中電灯で継ぎ目を照らして、手で触れた。何も言わずに進んだ。堂島も同じように手で確認した。


 右舷第3区画の継ぎ目の前で、大沼が止まった。


 「ここ」と言った。それだけ言った。


 堂島が触れた。温度が周囲より低い。薄い箇所だ。ポルト・フォルティスの修理で見落とした場所だった。


 「補修が必要です」と堂島は言った。


 「わかってる」と大沼は言った。「昨日の点検で気になっていた。お前がどこまで見えているか確認したかった」


 堂島は継ぎ目を見た。「見えていませんでした」


 「今見えた」と大沼は言った。「それでいい」


 また無言で進んだ。左舷第2区画、炉心室への配管、機関室の床板。大沼は何も教えなかった。ただ触れた場所を堂島も触れた。違いがわかる場所と、まだわからない場所があった。


 2時間かけて艦底を一周した。


 「7箇所だ」と大沼は言った。「補修が必要な継ぎ目。テルファンの工廠に頼む」


 「全部わかりましたか?」と堂島は聞いた。


 「お前は4箇所だった」と大沼は言った。「残りの3箇所、もう一度触ってみろ」


 堂島は3箇所に戻った。もう一度触れた。温度の差が、先ほどより少しわかった。


 「少しわかります」と堂島は言った。


 「明日もやる」と大沼は言った。それだけ言って工具袋を持って出ていった。



 夕方、ゼロが戻ってきた。


 「部品の目処がつきました」と言った。「3日で揃います。ただし1点、アイゼン製の精密部品が国内にない。伝手があります。4日かかります」


 「複合回路の部品ですか?」と堂島は聞いた。


 「そうです」ゼロは計算紙を取り出した。「修理全体で10日。複合回路の試作搭載まで含めると12日です」


 川端は海図を見た。「T艦の動向は?」


 「今日の情報です」とゼロは言った。「T-25の目撃情報がテルファンの北北西150海里に出ています。3日前の情報より50海里近づいています」


 川端は海図の数字を確認した。「速力は?」


 「T艦の通常速力なら、テルファンまで2日から3日です。ただし潜水艦なので針路は読めません」


 「修理中に来る可能性がある」と川端は言った。断定だった。疑問ではなかった。


 「あります」とゼロは言った。


 川端は海図を見たまま少し間を置いた。「修理の優先順位を変える」と言った。「複合回路は後回し。戦闘に必要な修理を先に。エーテル砲の出力調整と炉心室の配管点検を1日目に終わらせるように」


 堂島はリストを見た。「わかりました」


 「ゼロ」と川端は言った。「T-25の動きを毎日報告するように」


 「わかりました」とゼロは言った。



 夜、鋼花がいた。


 艦の舳先だった。港の灯りを見ていた。白い服の輪郭が定まっていた。


 堂島が近づいても動かなかった。灯りを見続けていた。


 「何を見ているのですか?」と堂島は言った。


 「人が動いている」と鋼花は言った。「夜でも動いている」


 堂島も港を見た。工廠の灯りが明るかった。夜間作業をしている職工がいた。荷を運ぶ人間がいた。各国の艦の甲板にも人影があった。


 「テルファンは眠らない港です」と堂島は言った。


 鋼花は少し間を置いた。「昔も同じだった」と言った。「この港は昔から眠らない」


 堂島は鋼花を見た。「昔の……この港に知っている人間はいましたか?」


 鋼花は答えなかった。しばらく間があった。


 「……いた」とやがて言った。「もういない」


 「亡くなったんですか?」


 「亡くなった」と鋼花は言った。声が変わらなかった。感情の起伏がなかった。ただ事実として言った。「ここに来るたびに、知っている人間がいなくなっていく。港は変わらない。人間が変わる」


 堂島は何も言わなかった。


 鋼花が堂島を見た。「あなたは」と言った。「いつまでいる?」


 堂島は答えなかった。答えられなかった。この世界に来た経緯を考えれば、いつまでいるかは自分にもわからなかった。


 鋼花は再び港の灯りを見た。「……言わなくていい」と言った。それだけ言って、消えた。


 堂島は港の灯りを見た。夜間作業の職工たちが動いていた。この港が何度も繰り返してきた夜だ。


 桟橋に降りた。



 各国の艦船が停泊していた。


 ヴァランシア旗、アルバ・モール旗、瑞穂旗。中立港だから全員がいる。昼間は当然のように隣り合っていた。夜も同じだった。


 水面を見た。


 また感じた。


 中央内海の航行中と同じだった。水の中を、重いものが動いている。今夜は方向がはっきりしていた。港の外、北の方向だ。


 近い。


 中央内海で感じたときより確実に近かった。距離はまだわからない。しかし近づいている。


 手帳を出した。「テルファン着岸翌日夜・桟橋・北の方向・近い。航行中より確実に近づいている」


 閉じた。


 「蒼嵐の方ですか?」


 声がした。振り返った。


 桟橋の端に人が立っていた。蒼嵐の乗組員ではない。細身の人間だった。瑞穂の軍服を着ていた。階級章があった。中佐だ。手に書類を持っていた。


 「そうです」と堂島は言った。「堂島鋼です。技術顧問です」


 「やはり」とその人物は言った。「蒼嵐の入港を確認してから桟橋を探していました。橘上級大佐から、技術顧問を探すよう頼まれていて」


 「橘大佐から?」


 「兄の使いです」とその人物は言った。「私は橘咲と申します。瑞穂皇国海軍・中佐です。一郎大佐の妹で、現在はテルファンの瑞穂連絡事務所に詰めています」


 堂島は橘咲を見た。橘大佐の妹。


 「兄から伝言があります」と橘咲は言った。「『川端に会わせたい人間がいる。ただし川端に直接連絡するのは難しい。技術顧問から話を通してほしい』と」


 「なぜ直接連絡できないんですか?」


 橘咲は少し間を置いた。「兄と川端艦長の間には、2年前の川端艦長の左遷に関わっています。直接連絡すれば、川端艦長は会おうとしないかもしれないと……」


 「会わせたい人間というのは?」


 「直接会った方が早いと思います」と橘咲は言った。「ただ、悪い話ではありません。それだけは言えます」


 堂島は少し間を置いた。「明朝、返事をします」


 橘咲は頷いた。「連絡事務所は工廠の北口の隣です。朝8時から開いています」


 夜の港の水面が静かに揺れていた。水中の動きは、もう感じなかった。



 艦室に戻った。


 川端に話を通すかどうか、考えた。橘大佐が左遷に関わっていた。川端はそれを知っているかもしれない。知っていれば会わない。知らなければ、話を通した後で堂島が橘大佐の名前を出すことになる。


 ただ、橘咲が言った。「悪い話ではありません」


 橘大佐がこのタイミングで川端に会わせたい人間がいる。テルファンで、T艦が近づいている今。理由があるはずだった。


 手帳を出した。何も書かなかった。閉じた。


 窓の外に港の灯りが見えた。北の方向に、何かがいる。

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