第14話 大規模修理
修理は10日かかった。
ラテリア連邦の費用負担が決まった翌日から始めた。ポルト・フォルティスの造船所が使えた。ドックではなく桟橋修理だったが、起重機と溶接設備が揃っていた。ハーゲンが監督した。
修理の内訳を大沼と整理した。
座礁で変形した艦底外板の交換。これが一番大きい仕事だ。変形した外板を切り取って新しい鋼板を当てる。溶接は3日かかる。並行して、マナリーフ海域での戦闘で被弾した左舷第2区画の本修理。仮止めパッチを外して、裂け目の縁を整形してから溶接する。各区画の溶接継ぎ目の全面点検。43年分の継ぎ目を1本ずつ確認する。これだけで2日かかる見込みだった。
エーテル砲Mk.IIの出力回復は別途必要だった。経年劣化でB規格を下回っている。部品交換でどこまで戻るかはやってみないとわからない。荒木が担当した。
堂島は修理の優先順位を決めた。ハーゲンが艦底から始めろと言った。骨格が先だ、と。
初日、ハーゲンは艦底に入った。
造船所の職工が2人ついた。ハーゲンが外板を手で触れながら、切り取る範囲を墨で印した。職工が印を確認した。印の外側1センチまで余裕を取れ、とハーゲンは言った。変形は見えている部分より広く及んでいる場合がある、と。
堂島は隣でハーゲンの手を見ていた。
「どこで止まるかがわかるんですか?」と堂島は聞いた。
「温度が変わる場所がある」とハーゲンは言った。「変形した鋼板は周囲より少し温度が高い。歪みが熱を持つ」
「手で感じられますか?」
「慣れれば感じられる。お前もそのうちわかるようになる」
堂島は自分の手を艦底に当てた。温度の違いは、まだわからなかった。
3日目、艦底の外板交換が始まった。
変形した外板を切り取ると、下から光が見えた。桟橋の隙間から海面が見えた。船底に穴が開いている状態だ。海水が足元まで来ていた。
汐が作業を見ていた。
「穴が開いているのに沈まないんですか?」と汐は言った。
「桟橋の上にいるからです」と堂島は言った。「海に浮かんでいれば浸水が始まります」
「わかっています。でも、見ると不思議な気がして」
堂島は開いた穴を見た。43年分の艦底が切り取られた跡だ。新しい鋼板を溶接すれば、この跡は消える。しかしその下には積み重なったものがある。
「汐さん」と堂島は言った。
「はい」
「ここの溶接、できますか」
汐は穴の縁を見た。「教えてもらえれば」
「教えます。今日から始めましょう」
ハーゲンが後ろから見ていた。何も言わなかった。
5日目の夜、大沼が甲板にいた。
煙草の欠片を噛みながら海を見ていた。堂島が隣に来た。しばらく2人で海を見た。
「100日近くなります」と堂島は言った。
「ああ」と大沼は言った。
「この艦に来てから」
「知ってる」大沼は海を見たまま言った。「お前が来た日、橘大佐から連絡が来た。厄介なものを押しつけた、と言っていた」
「そうですか」
「俺もそう思った。最初は」大沼は煙草の欠片を噛んだ。「今は違う」
堂島は何も言わなかった。
大沼は海を見た。「俺はこの艦に12年いる。艦長は3人変わった。乗組員も半分以上入れ替わった。鋼板も換えた。エーテル回路も換えた。それでもこの艦はこの艦だ」
「なぜですか?」
「わからん」と大沼は言った。「ただそう感じる。お前が来てからそれがはっきりした。なぜかはわからんが」
堂島は海を見た。ポルト・フォルティスの港の灯りが水面に揺れていた。
「私の前任者はどんな人でしたか?」と堂島は聞いた。
「技術顧問はいなかった」と大沼は言った。「この艦に技術顧問が来たのは、お前が初めてだ」
堂島はそれを聞いて黙った。橘大佐が自分をこの艦に回した理由を、まだ知らなかった。
7日目、ゼロが堂島の船室に来た。
計算紙を何枚か持っていた。いつもより少なかった。
「話していいですか?」とゼロは言った。「設計の話です」
「どうぞ」
ゼロは計算紙を広げた。回路図だった。通常のエーテル回路より複雑な構造をしていた。
「エーテルとマナを同時に使う回路です」とゼロは言った。「複合回路と呼んでいます。理論上は設計できている。ただし安定して動かすには条件があります」
「どんな条件ですか?」
「マナを感知できる人間が回路に触れていること」ゼロは回路図の一点を指した。「ここに手を当てていれば安定する。離れると不安定になる」
堂島は回路図を見た。「私が触れていれば動くということですか?」
「そうです」ゼロは眼鏡を押し上げた。「ただし今はまだ試作段階です。この艦に搭載できるかどうかはわからない。テルファンに行けば部品が揃う。自由都市連合の工廠があります」
「テルファンですか」
「中央内海の自由都市連合の港です。ここから2週間かかります。ただ」ゼロは少し間を置いた。「テルファンには別の問題があります。アイゼン帝国のT艦部隊が中央内海を動いています。潜水艦です」
堂島は回路図を見た。複合回路。マナとエーテルを同時に使う。この艦を変える可能性がある技術だ。
「川端さんに話しますか?」と堂島は言った。
「あなたから話してもらえますか?」とゼロは言った。「私が言うより、あなたが言う方が通ります」
堂島はゼロを見た。「なぜですか?」
「この艦の乗組員は、あなたを信頼しています。私はまだ新参者です」
堂島は何も言わなかった。回路図を見た。
9日目、エーテル砲Mk.IIの部品交換が終わった。
荒木が出力を計測した。B規格まで戻らなかった。B規格の90%だった。
「これ以上は無理です」と荒木は言った。「部品が古すぎる。新しいMk.IIの部品を入れても、炉心の経年劣化が出力を制限します」
「90%で使えますか?」と堂島は聞いた。
「使えます。ただしB規格想定の作戦計画には90%として計算し直す必要があります」
「ゼロさんに伝えてください。計算に使います」
荒木は頷いた。それから少し間を置いた。「技術顧問」
「はい」
「テルファンに行くんですか?」
「検討中です」
荒木は出力計を見た。90%という数字を見た。「行くなら早い方がいい。中央内海が動く前に」
堂島は何も言わなかった。荒木が何を知っているのか、どこで聞いたのか、聞かなかった。
10日目の夜、修理が終わった。
大沼が全区画の最終確認を終えて艦橋に来た。「完了です」と言った。それだけだった。
堂島は艦底に最後に降りた。
新しい鋼板を手で触れた。溶接の熱がまだ少し残っていた。隣の継ぎ目を触れた。古い鋼板だ。温度が少し違う。
違う、と思ってから気づいた。温度差だけではない。鋼板の硬さが違う。新しい鋼板は均質な硬さをしている。古い継ぎ目は場所によって硬さが変わる。応力がかかった場所、修理した場所、何十年も海水に晒された場所。それぞれが違う硬さを持っていた。
この艦の43年が、硬さの違いとして手のひらに残っていた。
手帳を出した。1行書いた。
「硬さが違う。新しい鋼板は均質。古い継ぎ目は場所ごとに違う。それが43年だ」
閉じた。
夜、鋼花がいた。
新しく溶接した艦底外板の近くだった。新しい鋼板に手を当てていた。白い服の袖口が鋼板に触れていた。
堂島が来ても動かなかった。
「修理されるのは」と鋼花は言った。しばらく間があった。「嫌じゃない」
堂島は隣に立った。鋼花が手を当てている鋼板に自分の手を当てた。溶接の熱の跡。新しい金属の感触。
「痛みが取れますか」と堂島は言った。
鋼花は少し間を置いた。「……取れる。ここは」
「他の場所はまだ痛いですか」
鋼花は答えなかった。新しい鋼板から手を離した。
「次はどこへ行くのか」と鋼花は言った。
「テルファンという港です。自由都市連合にある」
鋼花は少し間を置いた。「遠い」と言った。「中央内海の奥だ」
「行ったことがありますか?」
「ある」と鋼花は言った。「昔、一度だけ」
それだけ言って、消えた。
堂島は新しい鋼板に手を当てたまま残った。鋼花が触れた場所と自分の手が重なっていた。
この艦はテルファンへ行ったことがある。鋼花の「昔」がどのくらい昔なのか、堂島にはわからなかった。
出港の前夜、ハーゲンが荷物を持って甲板に来た。
工具袋と小さな革鞄だった。それだけだった。
「ここまでですか?」と堂島は言った。
「俺はラテリアの人間だ」とハーゲンは言った。「テルファンまでは行かん」
堂島はハーゲンを見た。68歳の老船大工が、工具袋を肩にかけて立っていた。
「ありがとうございました」と堂島は言った。
ハーゲンは少し間を置いた。「温度差、わかったか?」
「わかり始めました」
「続けろ」とハーゲンは言った。「手を使い続ければ、10年でお前の手は変わる」
「10年後もこの艦にいるかどうかはわかりません」
「この艦がどこにいるかはわからん」ハーゲンは艦底の方向を見た。新しい鋼板を溶接した場所だ。「ただ、あの艦底の鋼板は50年持つ。俺が保証する」
堂島は何も言わなかった。
ハーゲンは桟橋に降りた。振り返らなかった。港の方向へ歩いていった。工具袋が揺れていた。
堂島はしばらくその背中を見ていた。
翌朝、川端が乗組員を集めた。
「テルファンへ向かう」と川端は言った。「自由都市連合の工廠で部品の調達と追加修理を行う。中央内海ルートを取る。出港は明後日の朝、以上」
誰も何も言わなかった。
大沼が煙草の欠片を噛んだ。汐が手帳に何か書いた。柴田が海図を取り出した。荒木が出力記録を確認した。
それぞれが自分の持ち場に戻った。




