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第12話 砦になれ

 「座礁したまま戦う、ということですか」とゼロは言った。


 「はい」と堂島は言った。「浅瀬に乗り上げる。動けなくなる。でも沈まない。沈まない艦は砲台になります」


 ゼロは計算紙に数字を書いた。「蒼嵐の喫水は4.2メートル。浅瀬の水深が3.5メートル以下なら座礁します。珊瑚礁の硬度は十分にある。艦底が砕けることはない。理論上は成立します」


 「ただ、座礁すれば艦底に負荷がかかります」ゼロは計算紙を見た。「艦齢43年の艦底がどこまで耐えるか、数字だけでは出せません」


 「ハーゲンさんに聞きます」



 ハーゲンは甲板に出て、艦底の点検口から手を入れた。


 30秒触れた。抜いた。手のひらを見た。


 「この艦の底は厚い」とハーゲンは言った。「建造時の職人が良い仕事をした。3メートル台の浅瀬なら、骨格は耐える」


 「座礁した後、脱出できますか」と堂島は聞いた。


 「干満差があれば浮く。ここの干満差は知ってるか?」


 「1.8メートルです」とゼロが言った。「満潮時に座礁して、干潮になれば水深が1.8メートル下がる。座礁深度が1.8メートル以内なら、次の満潮で浮きます」


 ハーゲンは計算紙を見た。「水深3.5メートルの浅瀬に座礁する。干満差1.8メートル。次の満潮まで12時間。12時間、砦として機能すればいい」


 「12時間、持ちますか?」と堂島はハーゲンに聞いた。


 「骨格は持つ」とハーゲンは言った。「問題はお前の仕事だがな」


 堂島はハーゲンを見た。


 「座礁すれば艦底から浸水する。珊瑚礁の形によっては複数箇所から同時に入る。12時間、それを止め続けられるかどうか」


 「やります」と堂島は言った。



 川端に説明した。


 川端は海図を見ながら聞いた。堂島が話し終えると、少し間を置いた。


 「浅瀬はどこを使うつもりだ?」


 「ここです」と堂島は海図を指した。「マナリーフの南東端です。封鎖線から見える位置にあります。レイノルズに見えないと意味がありません。砦として機能していることを見せる必要がありますから」


 「レイノルズは動けない蒼嵐を見て何をしてくると考える?」


 「仕留めに来ます」とゼロが言った。「動けない艦を沈めれば戦果になります。感情が先に動くレイノルズなら必ず来ます」


 「入ってきたところで」と川端は言った。


 「珊瑚礁が待っています」と堂島は言った。


 川端はしばらく海図を見た。それから荒木を見た。荒木が頷いた。柴田を見た。柴田が頷いた。


 「わかった」と川端は言った。


 夕方、大沼を呼んだ。


 「故意に座礁します」と堂島は言った。「艦底から浸水します。12時間、止め続けてください」


 大沼は少し間を置いた。「わかった」と言った。それだけだった。


 汐が扉の外にいた。聞こえていたらしかった。「私も艦底にいます」と言った。


 「危険です」と堂島は言った。


 「わかっています」と汐は言った。「それでも」


 大沼が汐を見た。何も言わなかった。工具袋を持ち直した。



 翌朝、ゼロの情報網から報告が来た。


 「レイノルズが入口を塞いでいます」とゼロは言った。「ミストヴェールと随伴艦1隻。外で待機しています」


 「予定通りです」と堂島は言った。


 蒼嵐は南東端の浅瀬に向かった。



 浅瀬に入ったとき、水の色が変わった。


 珊瑚礁の白が水面近くまで来ていた。水深計の針が下がり始めた。4メートル。3.8メートル。3.6メートル。


 「3.5メートルに達したら止めます」と柴田が言った。


 「そのまま進め」と川端は言った。


 3.5メートル。3.4メートル。


 艦底が珊瑚礁に触れた。


 ゆっくりとした衝撃だった。艦全体が止まった。機関の振動だけが残った。艦が止まっている。動いていない。


 「座礁しました」と柴田が言った。「水深3.3メートル。喫水差0.9メートル」


 「機関停止」と川端は言った。


 静かになった。



 堂島は艦底区画に降りた。


 艦底の外板に耳を当てた。珊瑚礁の上に乗り上げている感触が伝わってきた。鋼材が珊瑚の形に合わせて、わずかに変形している。浸水はまだ始まっていない。珊瑚礁が艦底を塞いでいる形になっているからだ。しかし時間が経てば隙間から水が入る。


 「汐さん、三島さん、ここにいてください」と堂島は言った。「浸水が始まったら教えてください」


 「わかりました」と汐は言った。


 堂島は艦橋に戻った。


 甲板から入口封鎖線の方向を見た。水平線にミストヴェールのシルエットが見えた。動いていない。待っている。


 柴田が言った。「ミストヴェールからも、蒼嵐の座礁は見えているはずです」



 1時間後、ミストヴェールが動いた。


 「入口を離れました」とゼロが言った。「こちらに向かっています。マナリーフに入りました」


 「砲撃準備」と川端は言った。


 「副砲の準備も」と荒木が言った。


 蒼嵐は動かない。動けない。しかし主砲と副砲は使える。


 ミストヴェールが近づいてくる。エーテル照準が乱れる範囲に入ってきた。それでも来た。動けない蒼嵐を仕留めに来た。


 「射程内です」と荒木が言った。


 「砲撃開始」と川端は言った。


 主砲が発射された。ミストヴェールの右舷に命中した。装甲を貫通しなかったが、右舷の副砲塔が使えなくなった。


 ミストヴェールが砲撃を返してきた。照準なしで撃ってきた。3発。全部外れた。


 「副砲射撃開始」と川端は言った。


 副砲が鳴った。乾いた連続音だ。ミストヴェールの艦橋付近に当たった。火花が散った。


 ミストヴェールが速力を上げた。距離を詰めようとした。距離が詰まれば、照準なしでも当たる。


 「14分経過」と柴田が言った。


 「主砲、撃て!」と川端は言った。


 発射された。今度はミストヴェールの艦首付近に命中した。艦首の構造材が変形した。速力が落ちた。


 そのとき、通話管から汐の声が来た。「艦底から浸水が始まりました。右舷艦底、2箇所です」


 「行きます」と堂島は言った。



 艦底区画は膝まで水があった。


 三島が懐中電灯で照らしていた。艦底の外板に2箇所、珊瑚礁との接触部から水が滲み出していた。座礁の衝撃で外板がわずかに変形した箇所だ。裂け目ではない。隙間だ。


 「防水布を詰めます」と堂島は言った。「珊瑚礁が艦底を押している間は、水圧で密着する。防水布を詰めれば速度が落ちます」


 汐が防水布を持ってきた。堂島が詰めた。しかし水流が止まらなかった。艦底の変形が想定より大きかった。防水布の隙間から水が押し出されてくる。


 「押し込みます」と堂島は言った。


 膝をついた。艦底の外板に両手を当てた。防水布の上から体重をかけた。水圧が手のひらを押し返してくる。珊瑚礁の上に乗り上げた艦の重さが、鋼材を通して伝わってくる。


 水流が細くなった。


 「汐さん、ここを押さえてください。私が手を離してもずれないように」


 汐が横に来た。両手を当てた。「押さえています」


 「離します」


 堂島が手を離した。水流は細いままだった。汐の手が密着していた。


 「もう1箇所」と三島が言った。


 反対側に回った。同じ処置をした。今度は三島が押さえた。


 「浸水速度、どうですか?」


 「排水ポンプで対応できます」と三島は言った。「汐さん、そのまま押さえていてください」


 「わかりました」と汐の声が来た。


 「1時間おきに確認します」と堂島は言った。「汐さんは交代しながら押さえ続けてください」


 艦橋に戻った。



 甲板から見ると、ミストヴェールが止まっていた。


 珊瑚礁に乗り上げていた。艦首が右に傾いている。蒼嵐が座礁した場所より深い位置に入ってきて、蒼嵐より大きな珊瑚礁に乗り上げたらしかった。


 動かない。


 「ミストヴェール、座礁しました」と柴田が言った。「機関を回していますが、出られません」


 無線に声が入った。ヴァランシアの周波数だった。


 低い声だった。短い言葉だった。


 「だから言った」


 ゼロが無線を向けた。「グラントです」


 全員が無線を聞いた。グラントの声は続かなかった。それだけだった。


 川端は何も言わなかった。海図を見た。


 ミストヴェールは動かなかった。随伴艦がマナリーフの外から引き綱を入れようとしていた。レイノルズの旗艦が珊瑚礁の上で傾いたまま、引き綱を待っていた。



 12時間後、満潮が来た。


 水深が上がった。艦底の珊瑚礁から離れた感触があった。


 「浮きました」と柴田が言った。「機関、使えます」


 蒼嵐が動いた。


 艦底区画を確認した。防水布が詰まったままだ。浸水速度は許容範囲内だ。ポルト・フォルティスまで持つ。


 港に向かいながら、堂島は甲板に出た。マナリーフが後ろに遠ざかっていった。珊瑚礁の白い影が水面の下に沈んでいった。


 ハーゲンが隣に来た。


 「骨格はどうでしたか?」と堂島は聞いた。


 「持った」とハーゲンは言った。「建造した職人に感謝しろ」


 それだけ言って、甲板の端に座った。煙草を取り出した。



 夜、鋼花がいた。


 艦底区画への通路だった。白い服の裾が湿っていた。


 「座礁したのは初めてじゃない」と鋼花は言った。堂島が来たとき、すでに言っていた。


 「以前にも?」


 鋼花は通路の壁を見た。「……覚えている」と言った。「沈まなかった。そのときも」


 堂島は艦底の外板を手で触れた。防水布を詰めた箇所の外側だ。珊瑚礁の感触が、鋼材を通して手のひらに伝わってくるような気がした。


 「この艦は」と堂島は言った。「何度、沈みかけましたか?」


 鋼花は答えなかった。


 長い間、2人で壁を見ていた。


 鋼花が消えた後も、堂島はしばらくそこにいた。

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