第11話 迷路戦
ミストヴェールが戻ってきた。
2日後だった。今度は随伴艦が4隻いた。前回の2隻から増えていた。ゼロの情報網が前日に動きを掴んでいた。
「増やしてきました」と柴田が言った。
「予想通りです」とゼロは言った。「前の結果を受けて、数で押しにきた。レイノルズはいつもそうする。感情が先に動く」
「数で押されたら?」と大沼が言った。
「数が増えるほど、マナリーフの中では動きが鈍くなります。珊瑚礁の間を5隻で動くのは、1隻より難しいはずです」と堂島は言った。
川端が海図を見た。「迷路に引き込む」
「今回は深部まで引き込みます」と堂島は言った。「2日前は入口付近で止めました。今回はここまで引き込みます」
海図の一点を指した。マナリーフの中心部に近い場所だった。エーテル照準誤差が最大になる場所だ。
引き込む過程は前回と同じだった。
煙を出した。速力を落とした。ミストヴェールが追いかけてきた。随伴艦4隻も続いた。
違ったのは、レイノルズが今回は慎重に入ってきたことだった。
「速力を落としています」と柴田が言った。「珊瑚礁を警戒しています」
「前の記憶があるから慎重になっている」とゼロが言った。「ただし深部の地形は知らない。知らない場所には、慎重になりようがない」
蒼嵐は深部に向かって進んだ。水の色が濃くなった。緑がかった青から、青緑に変わった。珊瑚礁の密度が増した。柴田が舵手に細かく指示を出した。右1度、そのまま、左2度。
「エーテル照準誤差、現在4倍」とゼロが言った。「中心部まであと8分」
ミストヴェールが砲撃した。
外れた。右に80メートル。
「まだ照準を使っている」とゼロが言った。「諦めていない」
「諦めるまで待つ」と川端は言った。
もう1発来た。今度は左に60メートル。また外れた。
「6倍になりました」とゼロが言った。
随伴艦の1隻が珊瑚礁に接触した音がした。遠くで鋼材が珊瑚を擦る音だ。速力を落とした。艦隊の動きが乱れ始めた。
「ここです」と堂島は言った。
蒼嵐が向き直った。
ミストヴェールが正面にいた。距離1000。エーテル照準誤差8倍の中心部だ。
「主砲の射程内です」と荒木が言った。
「砲撃開始」と川端は言った。
蒼嵐のエーテル砲Mk.IIが発射された。ミストヴェールの艦首付近に命中した。直撃ではない。しかし至近距離での爆発が艦体を揺らした。
ミストヴェールが後退した。随伴艦4隻が周囲に散らばっていた。レイノルズが通信で指示を出しているのが無線から漏れていた。「包囲しろ。逃げ場をなくせ」
「包囲してきます」と柴田が言った。
「包囲させます」と堂島は言った。
川端が堂島を見た。
「包囲しようとすれば、随伴艦が珊瑚礁の間を通る。地形を知らない艦が急いで動けばどうなりますか?」
川端は海図を見た。少し間を置いた。「やれ」
蒼嵐は珊瑚礁の間の狭い針路を取り始めた。随伴艦が追いかけてきた。
狭路を抜けた先で、随伴艦の1隻が止まった。
珊瑚礁に乗り上げた音がした。機関が悲鳴を上げた。そのまま動かなくなった。
「1隻座礁しました」と柴田が言った。「残り3隻、針路変更しています」
残り3隻が2手に分かれた。右と左から挟もうとしている。
「右の経路は水深が足りません。2メートルです」と柴田が言った。
堂島は海図を見た。右から来る随伴艦は気づかずに来る。2メートルの水深に、喫水4メートルの艦が入れば——
右の随伴艦が止まった。船底が珊瑚を擦る音が来た。速力が急激に落ちた。
「右、損傷。速力が落ちています」と柴田が言った。「左の2隻はまだ来ます。こちらの経路は通れる」
「副砲、射撃開始」と川端は言った。
荒木が副砲の照準を合わせた。通常火薬砲だ。エーテル砲と違い、14分の制約がない。連射できる。
副砲が鳴った。エーテル砲より乾いた音だ。炸薬の音だ。
1発目が随伴艦の艦首に当たった。装甲は貫通しなかった。しかし衝撃で速力が落ちた。2発目、艦橋付近。ガラスが割れる音がした。随伴艦が減速した。3発目。今度は艦側面。火花が散った。
随伴艦が針路を変えた。もう1隻も続いた。
「左の2隻、離脱しました」と柴田が言った。「ミストヴェールの方へ戻っています」
その間に、蒼嵐が被弾した。
左舷から1発。ミストヴェールが照準なしで撃ってきた。当たる確率が8分の1でも、撃ち続ければ当たる。
左舷第2区画に浸水が始まった。
「行きます」と堂島は大沼に言った。
2人で左舷第2区画に走った。通路を走りながら、頭の中で状況を整理した。左舷被弾。第2区画。艦側面。珊瑚礁の密度が高い中心部で、速力を落とせない。修理しながら動き続ける必要がある。
区画の扉を開けた。膝まで水があった。懐中電灯で照らした。裂け目は艦側面の中央部、幅20センチ。縁の変形は軽微だ。パッチが効く形だった。
しかし艦が動いている。動く艦の艦側面にパッチを当てながらボルトを締めると、振動でずれる。
「押さえていてください」と堂島は言った。「ボルトを締める間、動かさないでください」
大沼がパッチを両手で押さえた。堂島がボルトを締めた。1本、艦が揺れた。2本、また揺れた。副砲の発射の反動だ。
「もう1発来るぞ!」と大沼が言った。
「構いません、押さえてください」
副砲が鳴った。艦全体が揺れた。パッチが1ミリずれた。ボルトを締め直した。3本、4本。
「ミストヴェールが後退しています」と通話管から柴田の声が来た。「随伴艦も止まっています」
5本目を締めた。6本目。パッチが密着した。水流が止まった。
「終わりました」と堂島は言った。
大沼は手を離した。パッチを見た。何も言わなかった。
「戻ります」と堂島は言った。
ミストヴェールが視界から消えるまで、1時間かかった。
座礁した随伴艦は残してきた。乗組員は脱出ボートで離れた。珊瑚礁の上に乗り上げたまま、艦だけが残った。
甲板に出た。ゼロが計算紙を持って立っていた。
「正面からは来ない」とゼロは言った。「レイノルズの艦隊は今日で戦力が半分以下になった。ただ、残った艦で入口を塞ぐことはできる」
「封鎖、か」と川端は言った。
「感情が先に動くレイノルズなら、補充を待たずにそうする。閉じ込めて、燃料と食料が尽きるのを待つ」
「その間に修理と補給を行いましょう」と堂島は言った。
川端が頷いた。
大沼が甲板に来た。左舷第2区画のパッチを確認してきたらしく、工具袋を持っていた。「仮止めだ。港で本修理が必要だ」
「お願いします」と堂島は言った。
大沼は海を見た。座礁した随伴艦の艦体が珊瑚礁の上に乗り上げたまま見えていた。「あれはどうするんだ?」
「ラテリアの港湾局に報告する」と川端は言った。「ヴァランシアが引き取りに来るだろう」
大沼は何も言わなかった。煙草の欠片を噛んだ。
夕方、堂島は左舷第2区画の仮止めパッチを再確認していた。
汐が来た。「手伝います」
「ボルトの締め付けトルクを確認してください。工具はここです」
汐が工具を取った。1本ずつボルトを確認した。「3番と7番が少し緩いです」
「締めてください」
汐が締めた。「他にありますか?」
「パッチの縁を手で触れてみてください。隙間があるかどうか」
汐が触れた。「……4番の縁、少し浮いています」
堂島は確認した。確かに浮いていた。ボルトを増し締めした。「よく気づきましたね」
「手触りで覚えています」と汐は言った。「密着しているときと浮いているときで、感触が違うから」
堂島は何も言わなかった。汐の手を見た。16歳の手が、3ヶ月前とは違う動きをしていた。
夜、鋼花がいた。
左舷の通路だった。今日の被弾箇所の近くだ。白い服の裾に、薄い汚れがあった。海水の跡だ。浸水した区画に入ったのかもしれなかった。
「戦い方が変わった」と鋼花は言った。堂島が近づいたとき、すでに言っていた。
「この海域に合わせました」と堂島は言った。
鋼花は通路の壁を見た。
「……この艦も、変わっている」と鋼花は言った。静かな声だった。「少しずつ」
堂島は壁に手を当てた。鋼材の感触。修理した跡。自分の手が触れた場所の積み重なり。
鋼花はその手を見ていた。それから消えた。
堂島は手を壁に当てたまま残った。
この艦が変わっているのか、自分が変わっているのか、まだわからなかった。
翌朝、ゼロが海図を持って来た。計算紙が何枚も挟まっていた。
「レイノルズは次に何をしてくると思いますか?」と堂島は聞いた。
「数で押せず、照準も使えなかった。この海域では動けません」ゼロは海図を広げた。「だとすれば、塞ぐと思います。蒼嵐が外に出られなくして消耗戦を仕掛けてくると思います」
「海域の外で待つということですか?」
「入口を塞ぎ、蒼嵐が外に出られなければ、マナリーフの地形が有利でも意味がありません」ゼロは海図の入口付近を指した。「時間が経てば燃料も食料も尽きます」
堂島は海図を見た。マナリーフの入口。閉じ込められた場合の選択肢。
「この海域の中で、別の出口を作れますか。珊瑚礁の浅瀬を使って」と堂島は言った。
ゼロが首を傾けた。「どういう意味ですか」
「座礁が、出口になる場合があります」
ゼロは少し間を置いた。それから計算紙を取り出した。「説明してください」




