第1話 噂の美少年
戦利龍王将軍の武家屋敷は、金と銀の装飾品で埋め尽くされた、どこか呪術的な空間だった。この世界で【龍王】に成り代わっているリュウの弟【龍厳】は、「仕事が入った」と言い残し、足早に別室へと向かってしまった。
一人残された翠雨は、屋敷の使用人や居合わせた高貴な面々から怪訝な視線を向けられている。
彼は暫くして現れた案内人の後に続き、龍の絵が描かれた廊下を進んでいった。窓の外には、広大な庭園が広がっており、池の水面には桜の花びらがピンク色の絨毯のように浮かんでいた。
一番奥にある和室に通されると、翠雨は緊張の糸が切れたようにその場へ座り込んだ。
「龍厳……早く戻ってこい。田舎者がこんな場所に慣れている訳がないだろ。『後で会おう』なんて、簡単に言わないでくれ」
独り言をこぼしながら、障子越しに廊下の気配を伺う。
「それにしても、何人お手伝いがいるんだ……自分のことくらい自分でやれよなぁ」
その時、聞こえよがしな噂話が耳に飛び込んできた。
「【妖滅魔】が屋敷に入り込んだらしい」
「嫌やわぁ……汚らわしい。あそこまで浮世離れした美形が、まともな人間のはずがないのに」
翠雨が悲しそうに俯くと、すかさず肩掛けカバンの中で沈黙を貫いていたロボ塚くんが喋り出した。翠雨にだけ聞こえるような、微かな音が響く。
『妖滅魔……男色が流行した金綺羅幕府時代に、一部で囁かれた創作妖怪。妖艶な美少年の姿で高貴な男性を誘惑し、名家を滅亡させる魔物。当時、この噂を口実に「美少年狩り」が進められたとされる』
ロボ塚くんは「創作妖怪」という言葉を強調するような語り口だった。
「なに? 今の声」「お化けかもしれないわ、あそこは出るって聞くから」……噂話をしていた者たちの足音が遠ざかっていく。翠雨は安堵の笑みを浮かべ、ロボ塚くんの頭を優しく撫でた。
「ありがとう……お前がいてくれて助かったよ」
ガタタンッ……
その時、勢いよく障子が開く音が飛び込んできた。
「どうした。そんなに緊張した面持ちで。酸っぱいものでも食べたような顔になっているぞ、妖滅魔」
「妖滅魔なんて呼ぶな! おれは人間だし、そもそも男を誘惑する趣味なんて……っ?!」
言い返した翠雨の視界を、強烈な色彩が支配した。ビビッドブルーの髪に蛍光オレンジの和服姿……目がチカチカするほど派手な見た目をした少年が佇んでいたからだ。翠雨は眩しそうに目を細め、再び口を開いた。
「……なんだか毒ガエルみたいだな、一目見て危ない奴だと分かる」
この少年は翠雨の言葉を聞くと、堪えきれずに吹き出した。目の前にあぐらをかいて座り込む。
「ははっ、いいな! 貴族に暴言を吐くなんて、また何か演技の訓練でもさせられているのだろう? ……お前の父親も中々の『毒』を持っているからな」
彼が懐から取り出した扇子の持ち手には、【沈丁院】の文字が刻まれていた。
【天睛役者・黎明翠】が描いた、残酷で美しい物語の世界……彼の幼少期【剣武】に配役されている翠雨は、自分の役割を演じきる覚悟を決め、沈丁院を真っすぐ見つめた。全ては仲間達と元の世界へ戻る為だ。
第二話は5月5日、もしくは5月6日、更新になります。資格勉強との両立頑張ります。




