第18話 タンポポの恋歌
翠雨は龍厳が踏みにじったタンポポの花を、そっと掬い上げた。
「おれはお前みたいな奴に初めて会ったよ。わざわざ踏みつける必要なんてないのに……やり慣れてそうだな」
「兄が、外来種のタンポポを根ごと抜いている姿を見かけてから、つい逆の行動をとってしまうようになった……異物として生きる命を、減らすためらしい」
翠雨は「やれやれ」といった様子で、龍厳の肩に空いている方の手を置いた。
「龍厳の頭の中は兄貴で一杯だな。でもその兄貴は、自分の頭皮の心配で頭が一杯だ。三十歳でハゲるはずが、既におでこが広いんだから……片想いは諦めて次へ進めよ。どうしてそこまで執着する? お前だって充分……」
「優しさのせいで、強くなりきれない姿に腹が立つんだ。龍優の能力は全て、私より上だよ」
不意に風が吹き、手元にあったタンポポの茎が折れた。翠雨は優しく形を整えてから、それを龍厳に差し出す。
「鼻から吸い込むなよ。取り出すのが大変だからな」
「……経験があるのか、それは驚きだな」
龍厳はすぐさま花を受け取ると、迷いなく息を吹きかけた。しかし、潰れた種子が真っ直ぐに飛ぶことはない。唯一、形を留めていた綿毛ですら、翠雨の頬をかすめて水溜まりに落ちるだけであった。
「下手くそ……余計なことをするから上手くいかないんだよ」
翠雨はそう呟くと、楽しそうに笑い出した。この世界に迷い込んでから伸びた髪が、春の風に美しくなびいている。しかしそれ以外は元から持ち合わせていた物ばかりだ。龍厳よりも一回り細い身体つき、陶器のように白い肌……
龍厳はその姿から咄嗟に目を逸らす。彼は手元に残った茎を埋葬するかのように土の中へ埋めた。
「翠雨は、花が好きなのか?」
「好きだよ……だけど、『男らしくなれ』って親に言われるから、ずっと黙ってきた」
龍厳は再び立ち上がると、前だけを見て言葉を繋いだ。
「私の前では、隠さなくていい」
緑がかった瞳が、この世界の光を鮮やかに反射している。年の割に広い肩幅、筋肉質でしなやかな体格……
龍厳の固い小指が、翠雨の左手に当たった。彼はそのまま、馬の元へ導くように翠雨の手を引いた。
「……おいで。一緒に帰ろう」
丘に咲いたタンポポが、俯きがちに揺れている。それは涙を流す人々の姿に、よく似ていた。翠雨からも抑えきれない感情が溢れ落ちる。
「おれとお前は、きっと__違う性別だと思う」
龍厳の背中から、感情を読み取ることは出来なかった。しかし確かなことが一つだけある。
「__綺麗だよ」
それは間違いなく、前を歩く龍厳が放った言葉だった。




