表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/85

第18話 タンポポの恋歌

 翠雨(すいう)龍厳(りゅうげん)が踏みにじったタンポポの花を、そっと掬い上げた。


「おれはお前みたいな奴に初めて会ったよ。わざわざ踏みつける必要なんてないのに……やり慣れてそうだな」

「兄が、外来種のタンポポを根ごと抜いている姿を見かけてから、つい逆の行動をとってしまうようになった……異物として生きる命を、減らすためらしい」 


 翠雨は「やれやれ」といった様子で、龍厳の肩に空いている方の手を置いた。


「龍厳の頭の中は兄貴で一杯だな。でもその兄貴は、自分の頭皮の心配で頭が一杯だ。三十歳でハゲるはずが、既におでこが広いんだから……片想いは諦めて次へ進めよ。どうしてそこまで執着する? お前だって充分……」

「優しさのせいで、強くなりきれない姿に腹が立つんだ。龍優(リュウ)の能力は全て、私より上だよ」


 不意に風が吹き、手元にあったタンポポの茎が折れた。翠雨は優しく形を整えてから、それを龍厳に差し出す。


「鼻から吸い込むなよ。取り出すのが大変だからな」

「……経験があるのか、それは驚きだな」


 龍厳はすぐさま花を受け取ると、迷いなく息を吹きかけた。しかし、潰れた種子が真っ直ぐに飛ぶことはない。唯一、形を留めていた綿毛ですら、翠雨の頬をかすめて水溜まりに落ちるだけであった。


「下手くそ……余計なことをするから上手くいかないんだよ」


 翠雨はそう呟くと、楽しそうに笑い出した。この世界に迷い込んでから伸びた髪が、春の風に美しくなびいている。しかしそれ以外は元から持ち合わせていた物ばかりだ。龍厳よりも一回り細い身体つき、陶器のように白い肌……


 龍厳はその姿から咄嗟に目を逸らす。彼は手元に残った茎を埋葬するかのように土の中へ埋めた。


「翠雨は、花が好きなのか?」 

「好きだよ……だけど、『男らしくなれ』って親に言われるから、ずっと黙ってきた」


 龍厳は再び立ち上がると、前だけを見て言葉を繋いだ。


「私の前では、隠さなくていい」


 緑がかった瞳が、この世界の光を鮮やかに反射している。年の割に広い肩幅、筋肉質でしなやかな体格……


 龍厳の固い小指が、翠雨の左手に当たった。彼はそのまま、馬の元へ導くように翠雨の手を引いた。


「……おいで。一緒に帰ろう」


 丘に咲いたタンポポが、俯きがちに揺れている。それは涙を流す人々の姿に、よく似ていた。翠雨からも抑えきれない感情が溢れ落ちる。


「おれとお前は、きっと__違う性別だと思う」


 龍厳の背中から、感情を読み取ることは出来なかった。しかし確かなことが一つだけある。

 

「__綺麗だよ」


 それは間違いなく、前を歩く龍厳が放った言葉だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ