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第17話 世界の約束

 馬の呆れたようなため息が聞こえてきた。丘の一角に座り込み、待ちぼうけを食らっていたのだ。

 龍厳(りゅうげん)が「もうすぐ終わるよ」と声をかけると、翠雨(すいう)は真面目な顔をして呟いた。


「お前……森をバイクで走って、街を馬で駆けるんだな。普通、逆じゃないか? (ぬえ)の森で初めて会った時、恰好つけてバイクにもたれ掛かってたよな」

「……確かにその通りだな。今、気が付いた」

「ふっ……」

 翠雨は堪えきれない様子で笑い出した。


「龍厳って、意外と抜けてるんだな。お前とリュウはやっぱり兄弟だよ。あいつは、メガネを掛けてるのに、メガネがないと勘違いしてもう一つ同じ商品を買った男だ……で、何の話だっけ?」


 翠雨は自身の額を叩いて固まった。


「きっ……記憶力まで元のおれに戻っちゃったよ! 自分の名前は思い出せたけど、頭の中がまたボヤッとしてきた!」

「当たり前のことだよ。私の魔術で元の翠雨を取り戻したんだから」

 龍厳は何故か嬉しそうに微笑んでいる。翠雨は少し残念そうに唇を尖らせた。


黎明翠(れいめいすい)は幼少期から天才だったんだな……彼に成り代わっている間は、スラスラ考えてる事が繋がってすぐ答えに辿り着けた……人に自分の当たり前を押し付けたら駄目なんだな、能力はそれぞれ違っていて当たり前なんだから……で、何の話だっけ?」


 丘の上から見下ろす、遥か遠くの大海原……左隣に立つ龍厳は静かに語りだした。


「私と兄のルーツが外国にあって、苗字が偽物だという話だよ……下の名前にある【龍】ですら偽名だ。私たちは二人とも【偽物の龍】なんだよ」

「本物の龍がいたら、おれは全力で逃げる……偽物だからこそ、今こうして話せてるんじゃないのか?」

 

 龍厳の瞳が一瞬だけ揺らいだ。

 翠雨は龍厳の横顔を見上げ、真っ直ぐに語りかける。


「いや……生き物に本物も偽物もないよな。みんな血が通ってて、必死で生きてる。お前だって、そうだろ?」

「全てを諦めて、ただ時間を潰すこと……それが私にとっての人生だ」


 彼は吸い寄せられるように翠雨の横顔を見下ろした。しかし翠雨が俯いた為、二人の視線が重なることはなかった。龍厳は独白を続ける。


「生まれる前から苦労することは決まっていたんだよ。祖父は密入国した後、拳闘団(けんとうだん)としてのし上がり、富を築いた。自分の名誉のために、人まで殺している。父も叔父も同じ組の幹部だ。そんな家系に生まれた以上、全てを諦めるしかなかった」


 翠雨は、龍厳が踏み潰した固有種のタンポポに目を落としている。龍厳は、出会ったばかりの翠雨に全てを吐き出し始めた。


「兄は警察官になる夢を諦めた。親の経歴のせいだ。そんな自分勝手な親は、兄の名前に【優しい】の文字をつけた……【龍】に【優しい】で【龍優(りゅう)】……親自身、自分の優しさに自信が無かったから、この文字を押し付けたんだろう。取ってつけたような優しさだよ」


 翠雨はまるで旧友の身の上話を聞くような態度を見せている。二人の影は家族のように寄り添い合っていた。


憂永遠(ゆうえいえん)……あいつも、あいつの家族も馬鹿だったなぁ。私の正体を知りながら、何一つ区別してこなかった。そのせいで私に利用されたんだ。腹が立って仕方がなかったよ。平和ボケした、無防備な姿に……それに」

「もう分かったから……」


 翠雨は、そっと龍厳の身体を抱きしめた。年の割に大きな背中を叩き、すぐに身体を離す。


「お前が不幸なのは、充分分かったから……ちょっとうるさいっちゃ。どうしてここまで話したくなる? お前だって無防備だよ」

 翠雨は赤く目を潤ませながら、いたずらっぽく笑みを浮かべていた。

 龍厳は感情の見えない瞬きをしてから、静かに答えを出した。


「昔から……君を知っているような気がするから」


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