第15話 王階一族
地下帝国で耳にした【忍法法人・溶怪会】の歴史が頭の中に流れ込んできた。
―― 溶怪会の歴史 ――
その昔、心身に不調を抱えた人々は「弱者」と呼ばれ、虐げられていました。
しかし、我らが溶怪会の創始者……王階溶怪は、違いました。
創始者は、世間が「弱者」と断じた人々を、妖怪に取り憑かれた者……【憑者】と呼んだのです。
彼らの心身の不調は、目に見えない妖怪の仕業である。ならば、我らと何ら変わりはない人々ではないか……そう考えたのです。
創始者は、「弱者」を見下す「強者」に、こう言い放ち、都を離れました。
『強者も、妖怪に憑かれれば、弱者の立場となる。人は皆「弱者」になりうる生き物なのだ。真の強者など存在しない、助け合うべきだ』
創始者は「弱者の森」と呼ばれる山奥で、憑者たちと共に過ごしました。
頑なに心を閉ざし、一人で生きようとしていた憑者たちも、創始者の「お前のせいではない、妖怪のせいなのだ」という、教えに救われ、次第に自分を愛せるようになっていきました。
憑者たちと関わる中で、創始者はある大発見をします。それは……「憑者を孤独にしてはならない」ということです。
妖怪は憑者の孤独が大好物でした。暴走した妖怪に心を蝕まれた者は、無差別に人を傷付ける怪物にもなり得たのです。
最悪の事態を避けるため、創始者は憑者と共存する術を探し続けました。……それこそが、我が【溶怪会】の始まりなのです。
我々は発展途上です。王階溶怪の教えに基づき、憑者との共存社会を目指しましょう。
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現実世界……左遷ヶ島にあるボロボロの実家【王階家】にて、兄・遊楽が【溶怪会】について読み上げた声が巡る。
『今から約600年前に京都地方で生まれました……だと。天睛役者の黎明翠が京都で活躍していた時期と被るな』
創始者の名をそこで初めて知ったのだ。
【 王階 溶怪 】
『お前さん、まさか知らなかったのか?……翠雨も自分も王階溶怪の直系だよ』
迷い込んだ異世界……鵺の森に落ちていた重要指名手配【王階溶怪】のビラを思い出す。賽の河原で子供達から教えてもらった彼の人生は、余りにも過酷なものであった。
『溶怪のお兄さんが左遷ヶ島から、都まで来て、皇帝を殺しちゃったんだ。財宝を盗んで島に持ち帰ろうとしたところを処刑されたんだよ。反逆罪だから、島にいた王階の一族もみんな役人に殺されちゃった。まだ子供だった溶怪だけが逃げたけど、どこにいるかは誰も知らないんだ』
ようやく辿り着いた【芸能の街・河原地区】……音楽に長けていたという麒麟王が忌み嫌われていた地区を、華やかな芸能の街へと作り替えた場所だ。この地が生み出した大スター、【奏王】について語り合う声が耳に入った。
『奏王の天劇って急に始まるよな……もっと早くから予定を知りたいのに』
『仕方ないよ、彼は心に波がある人だからさ』
面を被って舞台に佇むその姿からは、深い孤独が読み取れた。演じているのではなく、内側から滲み出す孤独だ。
翠雨は自身の初舞台にて、神出鬼没の天役者【奏王】の優しさを知ることになる。歴史上、黎明翠と奏王はライバルのはずだ。しかし翠雨が今、成り代わっている、黎明翠の幼少期【剣武】を、彼は弟のように気にかけている様子であった。
『不安そうだな……まずは、やってみることだよ。失敗したら次に活かせば良い』
その素顔は体型こそ違えど、翠雨の兄・王階遊楽に瓜二つであった。父親によく似た天役者【刀武】の一番弟子であり、遊楽と同じく心に波を持つ人物であった。
翠雨は意識を現在へと引き戻し、隣に立つ龍王を見上げた。その神々しい横顔を眺め、掠れた声で呟く。
「まさか、奏王の正体が……王階、溶怪……?」
「指名手配の似顔絵が全く似ていないよな。今で言う警察組織……左京職や左近衛府の役人の中に、彼を逃がすための協力者がいたんだろう。わざとデタラメな人相書きをバラまいて、彼を自由にしたんだ」
翠雨には思い当たる節があるようだ。恐る恐る口を開いた。
「おれの左遷ヶ島の友達に、左京って奴と左近って奴がいて……もしかしたら、あいつらの先祖が流刑された理由って……」
「現実の歴史とこの物語がリンクしている証拠だよ。黎明翠は自分の人生に実在した信頼できる者を、物語の中で『守り手』として登場させたんだろう。【龍ノ國】で私が関わった左京一族も左近一族も区別や偏見を嫌う人々だった。だからこそ、理不尽に追われる王階溶怪……奏王を逃がしたんだろう。正義を優先したせいで、彼らは流刑されてしまった」
「……多少の脚色はあっても、おれたちは今、六百年前の世界に紛れ込んでいるようなものなのか」
【龍ノ國】を走る、路面電車の音が駆け抜けていった。翠雨は俯きがちに口を開く。
「文明だけが狂って見えるけれど……六百年前の作品が、そのまま残ることなんて難しいもんな。埃だらけの色褪せた工芸品だと思うことにするよ」
【戦利龍王】として生きるリュウの弟……【龍厳】は、眠たそうに欠伸をした。都の桜並木に目を落としている。
「将軍に配役されたせいで、一日中勉強漬けだよ。お陰でこの世界の成り立ちには、誰よりも詳しくなれた。黎明翠が何を見て、何を願ってこの世界を描いたのか」
彼は【龍ノ國】を見渡してから、穏やかな笑みを翠雨に向けた。
「安心していい。この知識を生かして、翠雨を必ず、元の世界へ送り届けるよ」




