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第10話 敵はすぐ側に

 翠雨(すいう)は自分の放った言葉を振り払うように、頭を左右に振った。咄嗟に「お父さん」と呼んでしまった刀武(とうむ)を横目に小声で呟く。


「刀武はおれのお父さんじゃない。当たり前のことなのに、どうして……」

 独り言を続けながら、翠雨は拳をぎゅっと握りしめた。 

「この世界にいると、自分自身が分からなくなってしまうのか? (ゆう)永遠(えいえん)だって、別人になりかけていたくらいだ……こんな奴が皇帝家のご子息な訳ないのにな」 


 昨日耳にしたリュウの言葉が、再び流れ込んでくる。


『きっと俺たちは、黎明翠(れいめいすい)が描いた物語の世界に迷いこんでしまったんだよ。ストーリーを完結させる上で、重要な役割を担う登場人物が今まで欠けていたんだ』


 あくまで彼の予想だ。


『それが、天睛役者(てんせいやくしゃ)として活躍した【黎明翠(れいめいすい)】自身と彼の支援者だった【戦利龍王(せんりりゅうおう)】将軍……今、その役割を強制的に演じさせられているのが、【翠雨(すいう)】と……俺の弟、【龍厳(りゅうげん)】なんだろうな』


 だが、その配役にはまだ続きがあった。欠けていた登場人物が、他にももう一名存在したのだ。それが……


 隣で正座していた(ゆう)永遠(えいえん)が、バネのように立ち上がる。乱れた長い髪をかき上げ、天を仰いで叫んだ。


「どういう事なんだよ! どうして……僕ちんが旧皇帝家の生まれだってみんな知っているんだ。メディアにバラされないように徹底して封じ込めてきた個人情報なのに!」


 翠雨も立ち上がり、パニックになる憂,永遠の背中をなだめるようにさすった。家族のように寄り添い声をかけている。


「皇帝家のお坊ちゃんか……随分と大変な役回りだな。通行人Aなら楽なのに、大ハズレだっちゃ」

 憂,永遠は頭を抱えながら、力なく相槌を打った。

「僕ちんもそう思うちゃ……その通りちゃ」

「おれの喋り方を真似るな……それを言うなら、【思うっちゃ】だよ。【ちゃ】の前に小さい【っ】が入る」

「思うっちゃ〜……チャッ!!!」 

 彼は瞳をキラキラと輝かせながら【チャッチャ、チャッチャ】と呟き続けている。

「お前って、詐欺師のカモにされそうな奴だよな……気を付けた方がいいよ」


 翠雨はふと、明後日の方向を見て固まった。

「……ん? ちょっと待ってくれ」

 雲間から漏れる太陽の光が、憂,永遠の横顔を神々しいまでに照らし出している。あまりの気高さに、翠雨の心臓が跳ねた。声をひそめながら、そっと言葉をかける。

「え……? ガチの、皇帝家の血筋ってことか? 高貴な役を演じさせられている……だけではなく」

 憂,永遠は儚く囁いた。

「僕ちんは、何処へ行っても皇帝家のレールから外れることが出来ないらしい。やっと知らない場所へ来れたのに……まず、ここは何処なんだ?」

 彼の視線が、不気味に微笑む【龍王(りゅうおう)】……いや、リュウの弟【龍厳(りゅうげん)】と重なる。


 記憶に沈んでいたリュウの言葉が、最後に畳み掛けてきた。


『年子だからな、背格好は似ているはずだ……あいつの性格に関しては、史実上の【戦利龍王】にそっくりだよ』


 その時だった。

 憂,永遠の声色が、一転して明るく弾んだのだ。


「……ゲン!? 龍厳じゃないか!」


 彼はパッと顔を輝かせると、翠雨の肩を親しげに叩いた。


「彼が僕ちんの大親友……龍厳だよ! 臭い煙が出てくるブロマイドだけじゃなくて、僕ちん最大のヒット曲【龍が降らした雨のあと。】の楽曲プロデュースまでしてくれたんだ」


 かつて左遷ヶ島(させがしま)のラーメン屋で聴いた、残酷なフレーズが、翠雨の脳裏を過ぎる。


『金の龍よ、永遠にさよなら__』


 あの時抱いた感想が、胸の奥を駆け抜けていく。


『【金龍雨天(こんりゅううてん)神話(しんわ)】って、親友のために八つ裂きにされる龍の話だよな。最後に笑うような話じゃないんだけどなぁ……あぁ、そうか』


 ラーメン屋のカウンターで、頬杖をつきながら呟いた言葉が今、最悪の形で結びついた。


『死んでほしいほど憎いってことか。その、いじめっ子のことが__』


 憂永遠の親友だという龍厳が、兄であるリュウを「いじめっ子」に仕立て上げ、それを広めるような楽曲を、憂,永遠に歌わせていたとしたら……


 金髪をなびかせ、優しく笑うリュウの姿が、翠雨の視界を掠めて消えていった。


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