第8話 日出る刺客
しかし、事態は急展開を迎えた。
「堪忍しとくれーーー!!!」
初老男性のような、低く野太い声が割り込んできたのだ。翠雨は聞き覚えがある、その声の方向へ振り返った。
声の主は、龍王護衛隊に取り押さえられている刺客であった。刀武の打撃を受けて以降気絶していたが、ようやく意識を取り戻したようだ。場内に困惑のざわめきが広がっていく。
「あの男……意外と若いぞ。声が老けていて分からなかったよ」
「どこかで見たことがあるような、ないような……それにしても龍王様の暗殺を試みるなんて相当の馬鹿だよな、声も汚いし」
皆の視線が情けなく身悶える刺客に集まる。ボロ布のような着物に身を包んでいるが、拘束を解くよう護衛隊に請う仕草からは、どこか品の良さが滲み出ていた。乱れた長髪のせいで顔までは見えないが、細身の体つきから少年であることが見て取れた。
ふわりと柔らかな風が吹き、彼の顔が顕になる。全身から漏れ出す隠しきれない品格と、神々しいまでのオーラに、翠雨は思わず後ずさった。
「……ゆ、憂,永遠!?」
刺客の顔が、天才シンガーソングライター、【憂,永遠】と瓜二つであったのだ。
かつて左遷ヶ島のラーメン屋で目にした彼のインタビュー映像が、脳裏に流れ込んでくる。
『憂,永遠さん最大のヒット曲【龍が降らした雨のあと。】は、いじめに苦しんだ経験から作られた楽曲とお聞きしました……無理のない範囲で、いじめのエピソードを教えていただけますか?』
『あいつは、笑ったんだ……僕ちんが、自己紹介をしただけで』
一人称を笑われただけで、相手をいじめっ子に仕立て上げる……第一印象は【厄介者】でしかなかった。
彼の催眠術にかかったような語り口が翠雨の耳の奥で蘇る。
『僕ちんをイジメてきた奴は、髪を金髪に染めている、ゴリゴリのヤンキーだった。でも僕ちんの家族が守ってくれたおかげで、黙って引っ越していったよ。僕ちん最大のヒット曲【龍が降らした雨のあと。】の歌詞に出てくる龍は、そのいじめっ子がモデルなんだ。【金龍雨天神話】をモチーフにした歌詞になっているよ』
次々と質問が繰り広げられていく。
『憂,永遠さんは心霊スポット巡りが好きなことで有名ですが、今、一番行きたい心霊スポットはどこですか?』
『左遷ヶ島! 左遷ヶ島処刑場に行って肝試しがしたい』
その日の夜……
翠雨は左遷ヶ島処刑場で、実際に彼と出会っていた。兄の遊楽が行方不明になり、島中を探し回っていた時、少しだけ会話を交わしたのだ。
『ここに到着した瞬間、僕ちんは変声期を迎えた。一瞬で、おっさんの声になってしまったんだ。罰というものが、当たったんだと思う。僕ちんの心が晴れることはないよ……この激しい雨のようにね』
『一気に雨脚が弱まったぞ。お前には笑いの神がついていると思う』
声変わりに絶望し自殺を図ろうとした憂,永遠を、翠雨は全力で引き止めた。そして彼もまた、偶然見かけたという兄・遊楽の居場所を教えてくれたのであった。
『……さっき、君と同じ目をした男性を見たんだ。ふくよかな体格をした男性だった……君のお兄さん?』
根からの悪人とは思えない人物であった。
『優しそうな人だね。左遷ヶ島海水浴場の方へ向かったよ』
『……『ふくよか』って何だ? まだ学校で習ってないから、分からないんだよ』
翠雨の無知な質問にも一つ一つ丁寧に答えてくれた。
『……言葉に悩むなぁ。人の容姿を直接的な言葉で揶揄することは、僕ちんの倫理観が許さないからね』
『なんで言葉の節々に、いちいち品があるんだよ。言いにくいってことは、多分『太ってる』ってことだな。分かった、ありがとう』
不安で涙が止まらない翠雨に何度もハンカチを差し出してくれたのであった。
翠雨の意識が今に戻った。
龍王護衛隊に拘束されたままの、刺客へと駆け寄る。目を凝らすほど、憂永遠にソックリであった。翠雨はその場にしゃがみ込み、護衛隊に声をかける。
「おれの友達なんだ。少しだけ彼と、話をさせてください」




