第6話 君を守るよ
翠雨は舞台へと歩む途中、足元をすくわれ一度だけ転びそうになった。面の奥で静かに呟く。
「……全然前が見えない。刀武も、この視界で踊っていたのか?」
彼は決して振り返らず、前だけを見据えて舞台の中心に立った。観客たちの視線が一斉に突き刺さる。
しかし覚悟を決めた翠雨は、驚くほど落ち着いていた。感情の見えないその立ち姿は、皮肉にも父親似の天役者・刀武と重なる部分があった。
天を震わせるような美しい序曲が鳴り響く。
翠雨は自らの柔軟性を生かし、氷上を滑るフィギュアスケーターのごとく、しなやかで独創的な舞を披露した。
観客がその浮世離れした動作に釘付けになる中、翠雨の視線だけは客席の最前列……龍王の背後で、不審な動きを見せる人物を捉えていた。
その男は舞台には目もくれず、会場の様子を伺い続けている。
龍王の両脇に控える護衛隊は、「所詮は芸人の見世物だ」と言わんばかりに、鼻で笑いながら舞台を眺めていた。
序曲が止み、静寂が訪れる。翠雨は芯の通った声を旋律に乗せ、即興の演目名を告げた。
「……剣武天劇【 姥捨て川 】」
客席がにわかにざわめき出す。
「う、姥捨て川……?」
「山ではなく、川だと? 老婆が出てくる話なのに、どうしてあんなに美しい面を被っているんだ」
翠雨の意識は今もなお、龍王の後ろに潜む男に釘付けになっていた。舞台裏で控えていた刀武が、その異変にいち早く気づく。
次の瞬間だ。
男が懐から鋭利な刃物を取り出したのだ。
……逃げ出したい。
そう願っていたはずの翠雨の足が、舞台の縁を蹴っていた。龍王の瞳が、一瞬リュウの眼差しと重なったからだ。
……友を守りたい。
考えるより先に身体が動いた。
男の怒号が、会場に響き渡る。
「俺はお前に負け続けてきた……! だが、やっと勝てる時が来た、覚悟しろ……龍王ーーっ!」
龍王へと突き出された刃が、割り込んだ翠雨の胸元へ迫った、その時だった。
いつの間にか背後に迫っていた大きな影が、翠雨の視界を遮る。
「やっと勝てる時が来た? 不意打ちは反則負けだろ」
それは、刀武であった。
彼は慣れた手捌きで男の手首を掴むと、瞬時に刃物を取り上げ、翠雨と龍王を背中で庇い通した。
刺客をその場にねじ伏せ、流れるような所作で首筋を打って気絶させる。護衛たちがようやく色めき立った時には、全てが終わっていた。
刀武は不気味な笑みを浮かべ、翠雨の方を振り返った。
「剣武……お前がやたらと龍王様の後ろを気にする素振りを見せてくれたお陰だ。念のため見張っていたが、正解だったようだ」
父親と瓜二つな刀武が、優しげな眼差しで、こちらを見下ろしている。
「よくやったぞ、我が息子よ」




