第4話 王ノ命令「狂気」
客席から大歓声が沸き起こる中、翠雨は舞台袖で、ただ圧倒されていた。思わず独り言を漏らす。
「なんだ、あの動き……足さばきがどうしてあんなに静かなんだ? まるで……」
隣にいた奏王が、翠雨の肩をポン、と叩く。
「【まるで、忍びのよう】……初めて刀武さんの舞を観た者は皆そう口にするよ。今更どうした……緊張しているのか?」
奏王は翠雨の強張った背中を、解きほぐすようにゆっくりとさすった。
周囲の劇団員たちは、たった今終わったばかりの【刀武天劇「魔怪」】について、興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。この一座は、どうやら男性のみで構成されているようだ。
「主人公の魔物は、『人間』だったんじゃないかな。自らの醜さを恥じ、自身を人間以外だと思いこむようになっていた……」
「俺もそう思う。怪物は自らを『真の怪物』と名乗っていたからな。対照的に、魔物にだけ『心』があったと考えれば、それが自然な推測だよ」
舞台上では父親と瓜二つの刀武が面を外し、観客へ向かって挨拶をしていた。翠雨はその顔を直視できず、反射的に目を逸らす。劇団員たちの議論はさらに深まっていった。
「でも、どうして一人二役だったんだろう。怪物は魔物が作り出した幻影だったのか? ……というか、うちの劇団にあんな演目、あったっけ?」
「刀武さんが即興で作り上げた物語のはずだ」
奏王が静かに言葉を挟んだ。
一同は驚愕し、一斉に奏王を見上げる。彼は淡々と付け加えた。
「刀武さんは客席を少し見ただけで、その日の観客が何を求めているかを見抜いてしまう。伴奏の楽器隊も、彼の突発的な変更に即座に対応できるエリート揃いだ……それにしても物語を丸ごと作り変えてしまうのは、流石に前代未聞だな。よほどの要望……いや、『命令』があったんだろう。刀武という役者を試すような、特別な命令が」
奏王の視線の先を追うと、そこには興味深そうに刀武を見つめる龍王の姿があった。翠雨の背筋を嫌な予感が駆け抜ける。
出番を終えた刀武が、堂々とした足取りでこちらへと近づいてきた。魔物役で使っていた長髪のカツラを乱暴に脱ぎ捨てる。
「剣武……龍王様の要望だ。お前だけが目立つ構成に変更しろ。【刀武と剣武だけを見たい】とのことだ」




