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第3話 刀武天劇「魔怪」

 霊獣の鳴き声を思わせるような、神聖な音色が響き渡る。観客を魅了したこの音の正体は刀武(とうむ)の歌声であった。


 舞台の中心で醜い面を被り、美しい長髪をなびかせている。演出の桜吹雪が舞い始めると、彼は妙な明るさを感じさせる三拍子の旋律に合わせて踊り始めた。


「私は【魔物】……ゆえに醜い。恋をするだけで嫌われて、明日を考えるだけで苦しくなる」

 響いたのは、女性のような澄んだ歌声だった。

「神様が私に伝えたいことは何だろう。こんな姿で生まれてきた意味を、探し続けているの」


 しかし着物の合わせから覗く喉仏や、力強い足運びは紛れもなく男性そのものだ。

 観客はそこで、魔物の性別が男性であることを理解した。


 魔物の前を女性役に扮した美しい少年たちが、紳士に手を引かれ通り過ぎていく。すると彼は、自らの醜さを恥じるように目を逸らし、深く顔を伏せた。


 桜吹雪が止み、舞台の照明が夕焼け色へと切り替わる。


 刀武は重力を無視したような人間離れした舞で、何度も転びそうになりながらも踏みとどまる魔物の姿を表現していた。


 場面が夜へと切り替わると、会場は刀武の独唱に包まれた。


「私は魔物……ゆえに醜い。恋をするだけで嫌われて、今を生きるだけで苦しくなる」

 魔物は腰まで伸びた髪を、大切そうに梳かし始めた。その手がふと止まる。

「神様が私に伝えたかったことは何だろう。こんな姿で生まれてきた意味を、ずっと探してきたけれど……」


 彼はその長髪を自身の首元に巻き付けた。


「私がいなくても、世界は回り続ける。ねぇ、どうして……生まれ落ちてしまったの」


 刀武は自らの命を絶とうとする絞首の仕草を舞に取り入れながら、天に向かって悲しみの歌を口ずさんだ。


 その時のこと……静寂を切り裂くような太鼓の音が轟き、深みのある男性の歌声が舞台に割り込んできたのだ。


「僕は【怪物】……(まこと)の怪物だ。息をするように嘘を吐いて、今を生きる人を惑わす」


 【魔物】は全身を震わせながら辺りを見渡している。得体の知れない声を拒絶するようにその場にうずくまった。


 和と洋を混ぜ合わせた、不気味なワルツが観客の鼓膜を揺さぶる。


 次の瞬間、刀武がパッと顔を上げると、そこには醜い【魔物】の面ではなく、恐ろしくも端整な【怪物】の面が現れていた。怪物は立ち上がり、三拍子のリズムを支配するような、力強い舞を見せた。


「もっと、泣いたり笑ったりすればいいのに……君には心があるんだから」


 刀武はわずか数秒のうちに、声色と面を切り替え、完全な別人格へと変貌したのだ。女性的な【魔物】と、男性的な【怪物】……一人二役を完璧に演じ分けている。

 

「心を持たぬ僕から、心のない言葉を贈ろう」 

 その歌声は嘲笑を含んでいた。

「君がいなくても、世界は回り続ける。ほら、ごらん……君の代わりなどいくらでもいる」


 刀武はターンをする一瞬の間に面を「美しい女性」へと切り替え、妖艶な仕草を見せたかと思えば、またたく間に「四足歩行の儚げな牝鹿」へと姿を変え、本物の動物さながらに舞台を駆け抜けていった。美しさや儚さ……魔物が憧れてきたものばかり表現している。

 刀武の身体能力と、面切り替えの技が、この千変万化の変身を可能にしていた。


 その面はいつの間にか恐ろしくも端正な【怪物】に戻っていた。客席には階級の高い人物がそこかしこに見て取れた。彼らに問いかけるように歌う。 


「君なんて大した存在じゃない。たまには籠の外へ逃げてもいいはずだ……今夜だけ、僕と踊り明かそう」


 舞踏会を思わせる壮大な伴奏が始まり、怪物が華麗に踊り出す。

 彼は目の前に怯える魔物が実在しているかのように、誰もいない方向へ手を差し伸べた。そのまま「見えない魔物」の手を引き、寄り添うように踊り出す。一人芝居であることを観客に忘れさせるほどに迫真に満ちていた。


 朝日を表す照明が明るくなるにつれ、怪物の足取りは目に見えて重く、弱々しくなっていった。光を浴びることが、怪物にとって致命的な苦痛であることを全身で表現している。


「もっと、泣いたり笑ったりすればいいのに……君をそうさせたのは、誰なんだろうな」


 しかし、怪物は死を恐れることなく、魔物の手を引いて音を刻み続けている。微かに震える笛の音が駆け抜けていった。


「目を閉じて……朝が来た」


 その言葉を合図に、怪物は倒れ込むような舞を見せて動かなくなった。


「何故、終わらせたくなる? 何故、自分を傷つけたくなる? 君を、知りたかった……僕には心がないから、死すら怖くないから」


 感情の抜けた声だ。


「次は人間に生まれて、また君に会いたい。その時は共に、涙を流そう」


 怪物らしい、最後の言葉だった。


 舞台上に伏したままの刀武が、一呼吸の間に面を切り替える。ゆっくりと起き上がった彼の顔には、再び醜い【魔物】の面が装着されていた。


 魔物は周囲を見渡して、自分に手を差し伸べてくれた怪物の姿を探している。一人取り残された悲鳴が、美しい歌声となって響き渡った。


 舞踏会のような伴奏が、優しく流れ始める。すると魔物は、俯きがちに穏やかな舞を披露した。昨晩の記憶を辿りながら音を刻み続ける。


「忘れないで……私はあなたに、救われたの」


 歌声も少しずつ明るいものへと変化していった。


「忘れないよ……あなたが私と、踊り続けてくれた夜を」


 魔物は怪物の影を探すように、天を仰いだ。深く息を吸い、一歩踏み出す。


 【 刀武天劇(とうむてんげき)魔怪(まかい)」 】は、そこで幕を閉じた。






 


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