表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/85

第2話 天劇が始まるよ

 電車がホームに滑り込み、ドアが開いた瞬間、熱を帯びた空気が流れ込んできた。人の波をかき分け歩いていると、周囲がにわかにざわめき出した。


「見て、刀武(とうむ)だ……やっぱり格好いい」

「隣にいるのって、まさか……」

 刀武は芸能人らしく優雅に手を振り微笑みかけている。俯きがちに顔を逸らす翠雨(すいう)とは対照的だ。黄色い歓声が降り注ぐ中、二人はスタッフにガードされるようにして、急ぎ足で送迎車へと乗り込んだ。


 辿り着いた先は、これから天劇(てんげき)が行われる会場だ。

 会場を囲む満開の桜、四本の太い柱が豪華絢爛な屋根を支える檜の舞台……翠雨はその幻想的な光景を見上げ、ただ言葉を失っていた。


 客席は既に身動きが取れないほど人で溢れかえっている。関係者専用の入場口へ駆け込むと、翠雨と同い年くらいの劇団員が、血相を変えて近寄ってきた。

「間に合ってよかった! 剣武(けんむ)、大変なんだ……今日の客席には、あの龍王様がいらっしゃっているんだよ。うちの劇団にとっては、千載一遇の機会だ!」

 その言葉に、翠雨の瞳が大きく揺らいだ。

「りゅ、龍王……? 戦利龍王(せんりりゅうおう)将軍がいるのか?!」


 翠雨は劇団員に促されるまま、舞台袖の隙間から恐る恐る客席を覗き見た。心臓の鼓動が耳の奥まで響く。


 そこには、最前列の一等席に腰掛け、天劇関係者から配られたビラに目を通す龍王の姿があった。その横顔には、すべてを見透かすような冷徹な威厳が漂っている。

 翠雨は肩掛けカバンの中で沈黙するロボ塚くんに視線を落とした。


「龍王に近づけば黎明翠(れいめいすい)が創り上げたこの物語は、きっと完結に近づく……」

 消え入りそうな声で呟き、ゆっくりと顔を上げた。

「そしたらみんなで、この世界を抜け出せるかもしれない」

 黎明翠の幼少期【剣武】の役割を演じさせられている自分と、居場所がないリュウ。そして、あの席で【龍王】に成り代わっているリュウの弟……龍厳(りゅうげん)。奇妙な世界だ……しかし、前へ進むためには、この役割を一旦は受け入れなければならない。

 

 翠雨はソワソワとステップを刻みながらその場を歩き始めた。ぎこちない足取りで、昨日見た【奏王天劇(そおうてんげき)(きょう)」】の物真似をしているようだ。しかし足が震えるせいで、転びかけてしまう。

「駄目だっちゃ……おれに出来るわけがない」

 自分は「本物の剣武」のような厳しい訓練など一切受けていないのだ。幕が上がれば、瞬時に刀武や弟子たちの期待を裏切ることになる。役者としての居場所を完全に失うだろう。関係者達が不思議そうにこちらの様子を伺っている。


 逃げ場のない恐怖に押し潰されそうになったその時、前方から落ち着いた聞こえてきた。

「不安そうだな……まずは、やってみることだよ。失敗したら次に活かせば良い」

 顔を上げた翠雨は、息が止まったように固まった。そこにいたのは、兄の遊楽(ゆうら)に、驚くほどよく似た男性だった。

 しかし遊楽よりもずっと線が細く、背も高い。年齢は翠雨より十歳ほど上に見えた。


 彼が不安げな翠雨の背中を、優しくポンと叩く。その様子を見て、劇団の関係者たちが続々と集まってきた。


奏王(そおう)様! 来てくださったのですか?」

「そ……奏王……っ?!」


 衝撃の事実に圧倒される翠雨に、彼は微笑みながら答えた。 

「剣武のお披露目舞台だからな。見届けない訳にはいかないだろう」


 昨晩、夢中で見入った【奏王天劇(そおうてんげき)(きょう)」】の記憶が蘇る。国境を守る巨大なロボット兵が終戦をきっかけに取り壊されてしまう話だ。あの悲劇を、磨き抜かれた歌と舞で完璧に演じきった憧れの天役者が、今、目の前にいる。


 奏王は動揺を隠せない翠雨の肩を抱くようにして、そっと声をかけた。兄・遊楽に瓜二つな笑顔を見せながら……


「ほら……刀武さんの天劇が始まるよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ