第20話 金龍の夜明け
翠雨は、カーテン越しに差し込む朝日の眩しさで目を覚ました。リュウはもう起きて身支度を終えている。
「リュウ、おはよ」
「あぁ……」
「『あぁ』ってなんだよ。おはようって言ってるのに、冷たいっちゃ」
「……言われ慣れていないんだ。どうにも違和感がある」
「寂しい奴だな〜。いいよ、これからはおれが一生友達でいてやるから」
「誰も頼んでへんわ」
リュウの口角はわずかに緩んでいた。
翠雨は大きな欠伸をして布団から起き上がると身支度を始めた。ふと見ると、ロボ塚くんがバンザイのポーズでこちらを伺っている。翠雨はロボ塚くんが汚れずに済むようにとリュウが買ってくれた、例の犬用の服を彼に着せてやった。
同じく路地裏でリュウに買ってもらったセットアップに袖を通した時、翠雨はあることに気が付いた。
「あれ? 桜の花びらが……花びらが、ない?!」
必死で周囲を探す翠雨に、リュウが淡々と答えた。
「失くしそうな場所に落ちていたから、そのパンフレットに挟んでおいた」
翠雨が駆け寄ってページを開くと、そこには押し花になった桜の花びらが収まっていた。まるで昨夜の記憶を留めるように美しいままだ。
「リュウ、ありがとう! おれ、何回お前にお礼を言えばいいんだろう。リュウは凄いな、全部先回りして動いてる」
リュウは俯きがちに呟いた。
「おれは、翠雨の方がすごいと思う」
そう言って差し出された実験用の小さなケースに、翠雨はその花びらを移した。「植物採集の為に買ったが、要らなくなった」というリュウの言葉に甘え、無くさないよう肩掛けカバンの内ポケットにしまい込んだ。
「朝食を買ってくる」
「リュウ……おれも行く!」
二人は変装用のメガネをかけ、ロビーに鍵を預けて街へと飛び出した。カバンの中で、ロボ塚くんも「ぽぅぽぅ」と漏らしている。
その時だった。
前方から、聞き覚えのある声が降り注いできたのだ。翠雨は一瞬で喉がひきつり、言葉を失った。
「探したよ、【剣武】……心配したんだからな」
目の前に立っていたのは、翠雨の父親に瓜二つの天役者、【刀武】だった。周囲には、胸をなで下ろす天劇関係者たちの姿がある。
「都の初公演には、なんとか間に合いそうだな」
「よかったぁ……無事でなによりだ」
安堵する大人たちの中で、刀武だけが射抜くような視線をリュウへ向けていた。
「これはこれは……龍王様に瓜二つの少年がいると、都でも話題になっていたんですよ。あなたが出てきたホテルの窓から『魔術の光』を見たという者もいる」
刀武がゆっくりと近づいてくる。
「コソコソと逃げ切るのは不可能……だが、沈丁院さんに会って気に入られれば、都で相応の仕事が見つかるはずだ。隠れて生きる必要もなくなる」
刀武は、リュウの金髪と気高い横顔をじっと見つめ、ある提案を口にした。
「沈丁院さんに紹介する時の名前は、どうするかなぁ? 金髪頭の龍……【 金龍 】なんてどうですか?」
『金龍雨天神話!!!』
すると突然、カバンの中からロボ塚くんが叫び声を上げた。自身が飲み込んだ妖怪図鑑に記されていた昔話を読み上げていく。
―― 金龍雨天神話 ――
今よりもずっと昔の話……
京都地方の住民達は、干ばつに苦しんでおりました。
都を治める皇帝は、帰る場所のない一人の少年に残酷な命令を下します。
「龍神を呼び寄せ、雨を降らせなさい。
さすれば京の都に、君の居場所を必ずつくろう」
少年がたどり着いた静かな沼には、小さな金龍がひっそりと暮らしていました。
その神々しい鱗を狙う人間たちを恐れ、孤独の中で身を隠していたのです。
少年は、自分と同じ寂しい瞳をした龍にそっと寄り添いました。龍の孤独を知った少年が求めたものは、彼との友情でした。
傷を抱えた金の龍。
ただ一人、沼のほとりに座る少年。
その絆は強く、そして深く結ばれていきました。
龍は少年の幸せを願いました。彼が独りぼっちにならない世界。それは、少年が涙ながらに口にした「都に雨を降らせる」という、皇帝との約束を叶えることでした。
別れは、静かに訪れます。
龍は少年の願いを聞き入れ、天界に住む龍王の元へと姿を消したのです。
少年が都で、暖かい居場所を得るために。
やがて、京都に待望の雨が降り注ぎました。田畑は生き返り、人々は歓喜に沸きます。
しかし、その恵みの雨は、いつしか不気味な血の色へと染まっていきました。
突如として天を切り裂く轟音が響き渡り、人々が駆けつけた地上には、無残に八つ裂きにされた小さな龍が横たわっていました。
京都地方を襲った干ばつは、龍王が起こしたものでした。
龍王は、自分勝手な人間たちを懲らしめるために干ばつを起こしたのです。
しかし小さな金龍は龍王に逆らい、地上に雨を降らせました。
「人間に情けをかけるとは如何わしい。一族の掟に背く者を、王として許さぬ」
龍王の怒りに触れ、八つ裂きにされてしまったのです。
悲しんだ人々が、小さな龍の冥福を祈り、京都に【 龍雨院 】を建設しました。
―― おしまい ――
「よく出来た、からくり人形やなぁ……何処で買ったんだ?」
神話を一顧だにせず、刀武は呑気に肩掛けカバンの中を覗き込もうとしている。翠雨はその手を強く振り払った。
「『金龍』なんて名前、絶対に嫌だ! 金龍雨天神話を知っていて言ってるのか?!」
翠雨は目を真っ赤に腫らし、彼に激しく歯向かった。リュウは表情一つ変えずにただ、静かに様子を伺っている。何かを固く決意したかのような、静かな佇まいだった。
「……えらい凶暴な息子になってしまったなぁ。金龍雨天神話? 聞いたことがないな。そんなおとぎ話、どこを探しても存在しない……デタラメを抜かすな」
「えっ……?」
翠雨は絶句した。刀武から深みのある声が飛んでくる。
「お前には舞台がある。行くぞ、剣武」
刀武は翠雨の手を優しく握り、慈しむような表情で話を続けた。
「厳しくしすぎたな……それは悪かったよ」
「リュウ!!」
叫ぶ翠雨の視界の端で、リュウもまた左京職の下っ端たちに囲まれていた。役人たちの会話が聞こえてくる。
「龍王様に似すぎている。雑に扱うような真似はするな。都まで必ず送り届けろ」
抗う術もなく、二人の距離は引き離されていく。
人混みの向こうへと消えていくリュウの背中を、翠雨は涙で滲む視界の中で追い続けることしかできなかった。
手元に残ったのは、カバンの中で再び沈黙したロボ塚くんと、ケースに収められた小さな桜の押し花だけだった。
本作は全八章、6月中旬頃の完結を予定しています。初めての作品で至らぬ点も多いかと思いますが、読者の皆様の心に少しでも残るシーンを届けられるよう、完結まで駆け抜けます。
引き続き、応援よろしくお願いいたします。




