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第16話 この世は、まだ謎

 翠雨(すいう)とリュウは、受付を素早く済ませると、手渡された鍵を手に五階の自室へと向かった。


 部屋に到着した瞬間、二人は吸い込まれるように川の字に並べられた布団へ倒れ込み、変装用のメガネを放り出した。シミの浮いたボロボロの天井を眺めながら、静かに語り合う。


「リュウ……お前は龍王(りゅうおう)とソックリだから大変だな。変装しないと街中が大騒ぎになるだろ?」

「変装すればいいだけだ、さほど困らないよ。それにしても、なぜ俺はこの世界に呼ばれたんだろうな。本来、必要ない登場人物のはずなのに」

 その言葉に翠雨は、思わず飛び起きた。

「登場、人物……? リュウはこの世界の正体を知っているのか? ここは一体どこなんだ……リュウ、お前は本当に、実在するんだよな?」

 不安で握りしめた安物のシーツが、海のように波打つ。リュウは大きな欠伸をしながら、不思議そうに答えた。

「なんやその質問……今、隣にいるだろ?」

永伝寺(えいでんじ)で、神様みたいに現れて神様みたいに消えちゃっただろ? おれの中でリュウは、人間かどうかも怪しい存在なんだ。偶然出会えたことも、タイミングが良すぎる気がして不思議だった」

 リュウは寝そべったまま、天井の一点を見つめて返答した。

「永伝寺には黎明翠(れいめいすい)の石像だけではなく、漆がハゲているせいで『ハゲ龍』なんてあだ名をつけられた彫刻があると聞いてな……親近感が湧いたんだ。つい居座って、長時間眺めてしまった。そしたら翠雨と会えた」

 リュウは翠雨の震える手を優しく握った。淡々とした口調で話を続ける。

「別れるのが辛いから黙って逃げようとしたら、謎の穴に落ちて地下帝国へ辿り着いた。そして、薬で眠らされているうちに潜水艇に閉じ込められたんだ。そのまま海底のブラックホールに吸い込まれた。最後に見えたのは……龍の像と、城の影だった」 


 翠雨の脳裏に、潜水艇の窓越しに見た海底の記憶が蘇る。


「おれが見た景色と一緒だっちゃ……おれらは同じ場所から、この世界に移動してきたのか? リュウも、あの海底の龍神像を見たんだな。おれらが吸い込まれた場所には、黎明翠の支援者だった、将軍さまのお宝が眠ってた。この世界は、やっぱりあの龍王将軍と深い関わりがあるってことなのかな」


 京都の海底で異彩を放っていた、金の龍神像を思い出す。大量の財宝に混じっても、一際目立っていた、あの巨大な像だ。

 潜水艇の自動解説アナウンスが、耳の奥で再生された。


『解析完了。

これは【金綺羅幕府(きんきらばくふ)・三代目将軍】……

【 戦利(せんり) 龍王(りゅうおう) 】の失われた財宝で間違いありません。彼は芸術と金色を愛していたことで知られています』


 翠雨の意識が、今に戻った。

 枕元に置いた肩掛けカバンから、ロボ塚くんを引き寄せる。

「ロボ塚……こいつは浜辺で拾った【金の鱗】を飲み込んでから、まるで生き物みたいに動けるようになった。海底に沈んでいた龍神像の鱗とソックリだった。もしかしたら、京都の海底から、左遷ヶ島まで流れ着いたんじゃないかな? あの像にはきっと、理屈じゃ説明できない不思議な力が宿ってる……龍王は大嫌いだ。でも、あいつがこの世界の謎を解く鍵を握っているのかもしれない」

『ぽ〜う、忍ポポポゥ……』

 ロボ塚くんも同意している。

 彼らの言葉を聞いたリュウは、静かに持論を述べた。

「俺は、翠雨が鍵になっていると思う」

 窓からは、河原地区の灯りが微かに振り注いでいた。

「リュウは、この世界についておれより詳しいよな? ここは一体、何処なんだ? 何か知っていることがあったら、おれにも教えてほしい」

 翠雨の震えはもう止まっている。リュウは安心したように握っていた手を離した。 


「きっと俺たちは、黎明翠が描いた物語の世界に迷いこんでしまったんだよ。ストーリーを完結させる上で、重要な役割を担う登場人物が今まで欠けていたんだ」


 永伝寺で見た、黎明翠の石像が脳裏を過ぎる。その頬を流れる雨粒は、涙のように見えた。


「それが、天睛役者(てんせいやくしゃ)として活躍した【黎明翠(れいめいすい)】自身と彼の支援者だった【戦利龍王(せんりりゅうおう)】将軍……今、その役割を強制的に演じさせられているのが、【翠雨(すいう)】と……俺の弟、【龍厳(りゅうげん)】なんだろうな」




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