第15話 僕らは親不孝
二人は緊張した面持ちで「親不孝ロード」へと足を踏み入れた。夜だというのに、通りは熱気に包まれている。
怪しげな名前のスナックからはカラオケが漏れ聞こえ、焼き肉屋の排気口からは香ばしい匂いがした。
翠雨はリュウと恋人のフリをして寄り添いながら、瞳を閉じてその匂いを嗅いでいる。ふと目を開けると、リュウがこちらを横目で観察していた。
「リュウ、勘違いだ! おれは、お腹なんて空いてないからな」
「翠雨の好きな食べ物はなんだ?」
翠雨は遠い目をしながら記憶をたどった。
「鳩お爺っていうあだ名のお爺ちゃんがくれる、固くて酸っぱいパン……クセがあって美味しいんだよ」
「古くなって酸化しただけじゃないか? どんな形をしているんだ?」
「所々削ってある」
「カビの部分やって……」
翠雨は自分のペタンコなお腹をさすっている。
「左遷ヶ島に早く戻りたいなぁ……ちなみに鳩お爺は、鳩にパンをやりすぎて通報されたことがあるらしい」
「……」
リュウは「少し待ってろ」と翠雨に指示を出すと、近くの商店から、袋入りのパンを買ってきた。
「俺はバイト先で、まかないを食べたから必要ない。全て翠雨の分だ」
翠雨は瞳を輝かせながらお礼を言った。
「リュウ! ありがとう」
彼は両手でパンを大事に持ち、ニコニコと頬張っている。リュウはその様子を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「少女漫画の世界なら今頃、翠雨の周りに花が咲いているはずだ」
パンをゆっくりと飲み込んだ翠雨は、驚いた顔で話を繋いだ。
「リュウが少女漫画を読むなんて意外だな」
「妹から強奪して読んでいたからな。あいつもまだまだ子供だ。呆れたようにため息をついて、自分の部屋へと戻っていったよ」
「リュウの方が子供だっちゃ! 年下から奪ったりするなよ」
「少女漫画は絵が美しくて気に入っている。だが、俺様と正反対の性格をしたイケメンしか登場しない。男目線だと、可愛いとか簡単に口に出す男は、信頼出来ないと思うんだが……」
「話をそらすなよ」
翠雨はパンを食べ終えたようだ。
「リュウって妹もいたのか! 弟がいるって言ってたから、てっきり男二人兄弟かと……弟とはどんな話をするんだ?」
一瞬の沈黙の後、答えが返ってきた。
「口を利いてくれないから喋りようがない」
「多分、お前が何かしたんだよ」
その時、前方から景気のいい抽選会の鐘の音が聞こえてきた。リュウはポケットから、参加券を取り出す。
「俺様は引きが強い人生だからな。翠雨……期待だけしていろ」
しばらくするとリュウは、片手に何かを握りしめて帰ってきた。
「涙を拭けよ」
翠雨は手渡された物品に目を落とした。
「どう見てもウェットティッシュだっちゃ! 涙を拭くことには、まず使わんよ。それにおれは泣いてないし、抽選会はハズレだったんだな?」
改めて、物品の説明書きを流し読みする。翠雨はすぐさま訂正した。
「お前これ、おしりふきだよ。いつ使うんだ」
翠雨は笑いながらリュウを見上げた。
「そうだよな、リュウはアルバイトもして、俺のことも助けてくれたんだもんな。早く寝たほうがいい」
翠雨は大切そうに戦利品を肩掛けカバンに詰め込むと、リュウに手を引かれ格安ホテルへと向かった。
やがて二人は、年季の入ったボロボロの建物の前で立ち止まった。
「リュウ……ここで、合ってるのか? まず、本当にホテルなんだよな?」
「一番安い上に誰でも泊まれるんだ。最高だろ?」
二人は、看板に刻まれた店名を見上げた。
【 ビジネスホテル 美慈母 】
リュウが重い押し扉を開けると、ロビーの淡い光が二人を迎え入れた。




