第13話 君と見た桜は……
トタン造りの住宅街を抜けると、目の前に桜並木が現れた。今、二人がいる田園地帯から河原地区の中心部まで続いているようだ。月光に照らされた花びらが、夜風に舞った。
翠雨は立ち止まり、その光景を見つめている。リュウは自分の顔を覆っていた「境」の面を外し始めた。
「邪魔やな……息苦しくなってきた」
彼が代わりに装着したのは、変装用のメガネだ。翠雨は楽しそうに笑い出した。
「……今まで面を被ってたのは何だったんだ。最初からメガネにすればよかったのに」
二人は小さく笑い合うと手をつなぎ直した。
「リュウ……おれ、実は桜が嫌いなんだ。トラウマを思い出す」
脳裏に、あの日見た子狸の死骸が蘇る。桜の花びらを供えた、春の記憶……
「でも、今は怖くない。リュウと一緒だからかな。それとも、ライトアップなんかされて、ハッキリ花びらが見えたら、怖いままなのかな」
「確かめてみるか」
するとリュウは、空いている方の手で目の前の幹に触れた。無数の光の粒が花びらの隙間に吸い込まれ、ライトアップされていく。翠雨は肩に落ちてきた花びらを手のひらに乗せた。
「もう……怖くないっちゃ」
そう呟き、リュウの横顔を見上げる。翠雨は安心したような、どこか呆れたような表情で話を繋いでいった。
「この世界は何でもありだな。何を見ても驚かなくなった。さっきも、そうやって謎の力で助けてくれたよな」
「……魔術のことか? 高貴な家に生まれた長男しか使えない決まりらしい」
「なんだ、そのふざけた設定……それじゃ、お偉いさんだけが好き勝手出来てしまうよ。幾らでも悪事を押し通せる」
光の粒が風に飛ばされ、標識に刻まれた【龍ノ國】の文字を照らし出した。翠雨はリュウに、ずっと抱いていた疑問を投げかけた。
「リュウ……おれ、お前とソックリな【龍王】って奴に会ったんだ。そいつもお前と同じように魔術が使えた。リュウって、もしかしてこの世界に親戚がいたり……」
「親戚も何も……後で話す」
リュウは街の方向へと翠雨の手を引いた。だが、翠雨は俯いたまま足を止めてしまう。
「リュウ……おれ、街に戻りたくない」
飲み込んでいた弱音が零れ落ちていく。
「こんなに、人間不信になったのは初めてだっちゃ。リュウしか、信じられない」
リュウは足を止め、翠雨と正面から向かい合った。
「翠雨だけでも、元の世界へ必ず送り届ける。だから安心してほしい」
はらりと落ちた桜の花びらが、リュウの頬を涙のように伝っていった。
「リュウはおれに親切すぎるよ。どうして、そこまでする?」
「明確な理由があるから」
光の粒はすべて闇に溶け、周囲は再び暗くなった。翠雨はリュウの手を強く握り返し、遠くに見える街の灯りを見つめる。
「『翠雨だけでも』なんて言うな。リュウも戻るんだよ、元の世界に……一緒に帰ろう」
春の夜風に優しく背中を押され、二人は再び歩みだした。幻かと思うほど、小さな声が耳に入る。
「俺は、この世界が現実なら良かった」
それは間違いなく、隣を歩くリュウが放った言葉だった。




