第12話 金のリュウに掴まれて
翠雨を救ったのは、天劇に登場した「境」と同じ面を被った人物であった。
「……そ、奏王……?」
だが、彼は劇に出ていた奏王よりも小柄で、翠雨より少し年上の少年に見えた。パーカーのフードを被っており、髪型すら確認出来ない。聞き覚えのある声が飛んできた。
「ウスイ、お前も見たか? 奏王天劇という名の芸術を……俺様は感動の余り公式グッズを買ってしまったよ。面なんていつ使うんだ」
「今使ってるだろ……それにスイウだって。いい加減覚えろよ」
翠雨が言い返すと、この少年はようやく素顔を見せた。面を脱ぐ際に広い額が鈍く光る。染め上げた金髪がよく似合っていた。
翠雨の瞳に涙が溜まっていく。
「リュウっ! お前……本当にリュウだよな?」
リュウはその言葉に頷くと、すぐさま自分のパーカーを脱いで翠雨に着せた。目立つ桃色の着物を隠すためだ。翠雨は小さな声でお礼を言うと、ある疑問を投げかけた。
「リュウって、人間だよな? 実はおれの守護霊で、空から見張ってたとか……そんな事はないよな?」
「勝手に人を殺すな……どうした急に」
「タイミングが良すぎると思ったんだよ。偶然おれが死にかけた時、リュウもここを通りかかるなんて、変だと思うから」
リュウは格好良く明後日の方向を見つめた。神仏の像のように整った横顔だった。
「何処へ行くのか気になったから、お前の後を付けてきたんだよ……ストーカーの如く、身を潜めながら」
「完全なストーカーだよ、なんですぐ声を掛けなかったんだ。いつからつけてたんだよ」
リュウは腰に手を当て凛々しく返答した。
「奏王天劇が終わって、グッズを購入している時、お前を見かけた。転生寺リンネが仕掛けた罠かもしれないから、すぐ声は掛けずに、しばらく見張ることにしたんだ」
リュウは鉄格子の奥に横たわる男たちを見渡した。翠雨に視線を移し、呆れたように呟く。
「病的なお人好しよなぁ。いかにも怪しい所に一人で突っ込んでいく物だから余程腕っぷしに自信があるのかと……瞬殺されかけた時、笑いそうになったよ」
翠雨は言い返さず、ただしょんぼりとしている。
「おれは、人を信じたくなる病気なんだと思う」
「なら、治す努力はするべきだ。生き残れると思うか? こんな世界で」
トタン造りの住居がひしめき合う街並みをリュウは無言で見上げた。火葬場から吐き出された灰色の煙が、建物の隙間を流れていく。
鉄格子のせいか辺りの空気には、錆びた鉄の匂いが混じっていた。彼は視線を戻すと、いまだ呆然としている翠雨へ改めて声をかけた。
「大丈夫か? 何処か、痛むところは」
「おれは全然、大丈夫だっちゃ! この高そうな服が破けずに済んだからな、本当に良かった」
「俺はお前の心配をしている。質問の答えになっていない」
リュウの鋭い声が耳に刺さった。
翠雨は驚いた様子で返事をする。
「大丈夫だっちゃ……血すら出とらんよ」
「……なら良かった」
リュウは驚くほど魅力的な笑顔を見せた。再び面を被り、自身の顔を覆い隠す。翠雨はキラキラとした瞳で、その姿を見あげている。
「リュウ……お前って、こんなに格好良かったっけ? 今のおれは、お前の頼み事なら何でも受け入れたい気分だっちゃ。例えば【俺様の彼女になれ】なんて言われたって、ホイホイついていくと思う」
「大丈夫じゃなさそうやな、後でゆっくり休め。それは俺様が一生口にしないセリフだ」
リュウは素早く翠雨の正面に立ち、懐から出したスプレーを噴射した。
「げほっ、げほ……いきなり何すんだよ! 今のは人としておかしいだろ」
リュウは淡々とした口調で説明した。
「爺面虫避けのスプレーだ……あの虫が寄ってきたらお前が男やとバレるからな。女性のフリをすれば、【剣武】と騒がれて追いかけ回されるリスクも、【妖滅魔】だと言われて連れ去られそうになるリスクも半減出来る」
リュウは翠雨の手をそっと握った。
「安全な場所へ辿り着くまでの辛抱だ……
【俺様の彼女になれ】」
「一生口にしないセリフって言うとったやろ。彼女のフリをしながら街を歩けってことだな……分かったよ」
二人は恋人繋ぎをして、この場を後にした。暖かい明かりの方向を目指して駆け抜けていく。




