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第11話 恋の逃避行

 目の前の酔っ払い二人組だけでなく、街ゆく人々もざわめきだした。ポスターに描かれた謎の二世芸能人【剣武(けんむ)】と、目の前の【翠雨(すいう)】を見比べている。ヒソヒソとした囁きが耳に刺さった。

「ねぇ……あの子ってもしかして」

「服装も背格好も、ポスターとソックリ……突然すみません。もしかして、刀武(とうむ)さんの息子で、二世芸能人の……」

 ポスターの中で微笑む、父親によく似た男・刀武から目をそらす。翠雨は自身の顔を隠すように俯いた。

「人違いです。おれは、この男の息子なんかじゃない……服が偶然、この【剣武】っていう役者と被っただけです」

 笑顔を一切見せずにこの場を後にした。もと来た道を必死に戻る。

 

 人混みを掻き分けていくと、芸能横丁から親不孝ロードの路地裏まで辿り着いた。翠雨は驚いた顔で一点を凝視している。

「何事だっちゃ……」


 ガタイの良い男性と美しい少年が、恋人同士のような雰囲気で抱きしめ合っている現場を目撃したからだ。二人の関係はどうやら、武士と小姓のようだ。会話が微かにだが聞こえてくる。

「二人で都を抜け出して、一緒に暮らそう。子供なんて要らない……君が一番大切なんだ」

「はい、どこまでも付いていきます……死ぬ時も、あなたと一緒が良いです」


 言葉を失っていると突然、前方から声を掛けられた。

「べっぴんやな……お兄さんと遊び行こうや」

 腕っぷしの強そうな青年がこちらを見おろしている。翠雨は負けじと、彼に反抗した。

「はぁ?! おれは男だっちゃ! 何を言ってるんだ、失礼だろ!」

「男だから価値があるんだよ……とにかく金になる」

 無理やり連れ去られそうになった、その時のことだ。

 カバンから飛び出したロボ塚くんが、青年の眉間に強烈な頭突きを食らわせたのだ。

「……っ、ロボ塚、ありがとう!」

 すぐさまロボ塚くんをカバンに戻し、翠雨は振り返らずに走り続けた。

「おれは、この世界でも巻き込まれ体質みたいだな……嫌な予感しかしないよ」


 繁華街を抜けると、そこには別世界が広がっていた。


 トタン造りのボロボロな住居が道の両脇に積み上がるように建てられている。すぐ側の火葬場から流れてきた煙のせいで視界は霞んでいるが、柵に囲まれた奇妙な敷地があることに気が付いた。

 

 そこには養豚場や養鶏場がズラリと並んでおり、仏像が設置された古い病院のような飼育小屋まで存在していた。この飼育小屋だけは菊や百合、胡蝶蘭など、葬儀で見かける花々に囲まれている。

 牢獄のように鉄格子が嵌まっており、その隙間から長い紐を垂らす男の姿があった。人間用の飼育小屋なのだろうか。


「助けてくれ……痛い、苦しい」

 男は格子越しに咳き込みながら手招きをしている。自分が「河原者」と呼ばれ蔑まれた出来事を思い出した。

 この柵から伸びる紐が、【奏王天劇(そおうてんげき)(きょう)」】に登場したあの「境界線」を意味する紐と重なって見えたのだ。

「……なんで、人が沢山閉じ込められてるんだろう」


 放っておけず駆け寄った翠雨だったが、間近で見る彼らの瞳は、異様なほどギラギラと輝いていた。

 翠雨は恐る恐る紐を手に取り、優しく声をかける。

「こんなものじゃ何も出来ないよ……はい」

 すると男は待ってました、と言わんばかりに紐を引き寄せ、翠雨の腕を鉄格子の隙間から掴んだ。


「……何すんだよ、離せっちゃ!」

「君の血を分けてくれ……このままだと俺は、(ぬえ)になってしまうんだ!」

 鉄格子の内側へ身体ごと引きずり込まれそうな勢いだ。翠雨は掴まれた腕を格子の内側へ引き込まれまいと、必死に仰け反っている。

「どうしてだよ、おれの血を飲んだってどうにもならないだろ? ……助けてくれって頼んできたのは、おれを誘き寄せるためだったのか?」

「ああ、そうだ! 自分が一番大切だからな! 鵺になったら終わりだ、俺には愛する人がいるんだ!」

 この男は狂気混じりに言葉を繋げた。


「君は【妖滅魔(ようめつま)】だろ? 見るからにそうだ。君の血を飲めば……俺たちは人間に戻ることが出来る」

「その通りだ……君一人が死ぬだけで僕ら数十人が助かるんだ、だから……」

 ロボ塚くんは翠雨の首根っこをくわえて飛ぼうとしている。こんな状況だか、【妖滅魔】の解説を始めた。

「ロボ塚、そんなに無理したら、お前が死んじゃうよ……っ!」


妖滅魔(ようめつま)……男色が流行した金綺羅(きんきら)幕府時代に、一部で囁かれた創作妖怪。()艶な美少年の姿で高貴な男性を誘惑し、名家を()亡させる()物。当時、この噂を口実に「美少年狩り」が進められたとされる』


 格子越しに、彼らが鋭利な牙を剥いている様子が見える。その腕や足は、よく見ると黒い毛に覆われ、鵺へと変貌し始めている状態にあった。

 彼らの手が何重にもなって翠雨の腕に巻き付いてきた次の瞬間……


「……っ?!」

 視界の端に金色の光が飛び込んできた。その光は鋭い閃光となって鉄格子の内側へと吸い込まれていく。

 爆発的な光に包まれ、翠雨は思わず瞬きをした。


 再び目を開けた時には、翠雨の拘束は解かれていた。彼の腕を掴んで離さなかった男たちはみな、格子の奥で気を失ったように倒れている。信じ難いが、魔術にしか見えなかった。


 菊や百合、胡蝶蘭……辺りに咲いた花々が何かを祝うように揺らめき出す。どれも弔いを連想させる花ばかりだ。


 正体を確かめる前に、この名が零れ落ちた。


「リュウ……っ!」








 

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