第10話 伊賀の刀武,剣武親子
舞台を後にする奏王の後ろ姿を、翠雨は食い入るように見つめていた。余韻を抱えたまま、隣に立つ関係者へ問いかける。
「天芸能は……奏王さんが生み出したものなんですか?」
「……ん?」
関係者は不思議そうに首を傾げた。
「いえ……
【 天芸能 】は、あなたのお父様である【 刀武 】さんが、一代で作り上げたものですよ。奏王さんは、その一番弟子ですから」
【 刀武 】……争いの匂いを纏った名前が翠雨の脳内を支配していく。関係者は当然のことを言うように、翠雨の耳元で声を潜めた。
「刀武さんのご子息の【 剣武 】さんですよね? 昨日お会いしたばかりではありませんか。都でのお披露目を控え、伊賀からお越しになられたのでしょう?」
衝撃で黙り込んでいる翠雨の横を、一人の女性が通り過ぎていった。彼女が提げたカバンには、舞台の記念品だろうか、一人の男の似顔絵が描かれたキーホルダーがぶら下げられている。そこには、【天役者・刀武】の文字が刻まれていた。
「……っ?!」
翠雨は息を呑んだ。
描かれた【刀武】という役者が、自分の父親と瓜二つの容姿をしていたからだ。
リュウに似た龍王、店主に似た情、そして父親に瓜二つな刀武……この世界では、知人とよく似た人物が、全く異なる役職を持って存在しているらしい。翠雨は自分が【剣武】という二世芸能人として、この世界に「配役」されている事実を突きつけられた。
先程まで会話していた天劇の関係者と再び目が合う。翠雨は耐えきれず、弾かれたようにその場を後にした。
「ありがとうございました! あの……おれ、もう帰らなくちゃいけなくて!」
振り返らずに芸能横丁へと走り出す。心を落ち着かせるため、カバンの中に潜むロボ塚くんの毛並みを必死に撫でた。そして、縋るように独り言を漏らす。
「おれは剣武じゃない……翠雨だっちゃ! まず、ここは何処なんだよ、潜水艇は何処へ行った? おれは、もしかして海底で死んだのか……?」
震える声は、雑踏に虚しく消えていく。
「あと、この世界は文明もおかしいよ。バイクやキーホルダーがあるのに、スマホもカメラもない。まるで、パラレルワールドに来たみたいだ」
そう言って顔を上げた翠雨の目に、一際大きなポスターが飛び込んできた。
【 伊賀・刀武劇団 】
【刀武】と記された父親似の人物が堂々とポーズを決め、その後ろには面を被った謎の少年、【剣武】が佇んでいる。
剣武の横には『都公演にて初お披露目・刀武の息子』と説明書きがあった。顔は見えないが、その背格好も着せられている桃色の着物も、今の翠雨と鏡合わせのように同じだった。
すぐ側を千鳥足の酔っ払い二人組が通りかかる。
「刀武劇団のポスターや! 父親の【刀武】、そして息子の【剣武】……なんでまた物騒な芸名にしたんや。そういや二人とも、もう都に着いとるらしいな」
「おい、さっきの速報聞いたか? 刀武の息子が、宿から逃げ出して見つからないんだとよ。関係者が血眼で探してるって話だ」
同情するようなため息が、翠雨の耳を打つ。
「……男のくせに桃色の服ばかり着せられて、修行漬けじゃあ逃げたくもなるわな。桃色が似合う男なんてそうおらんって……」
「でも、噂じゃ、とんでもねえ美少年らしいから案外似合っとるのかもしれんぞ……それにしても、あのゴツい刀武の遺伝子から、可愛らしい男が生まれるとは到底思えんけどな」
酔っ払いのうち一人が、ふいに翠雨の方を振り返った。彼の視線が、ポスターに描かれた『桃色の着物を着せられた剣武』と、目の前に立ち尽くす『桃色の着物を纏った翠雨』の間を激しく往復する。
「おい……もしかして……」




