第94話:受け継がれる物語、我が家に眠る柱の記憶
一本道の終着点、竜胆家に到着した一行。
そこで二人を待っていたのは、想像以上に「貫禄」のある建物でした。
今回は、楓のルーツと、竜胆家のお祝いの味についてのお話です。
「おー、よく来たね!」
出迎えた父さんは、ニコニコというよりは、若い子が来て喜んでいるのが隠しきれないニヤニヤ顔で二人を迎え入れた。
「「今日はよろしくお願いします!」」
二人の元気な挨拶に、父さんは満足げに何度も頷いている。
「……ねえ、楓のお家って、すごく貫禄があるね」
さっちゃんが、圧倒されたように家を見上げた。
「はは、古いって言っていいんだよ」
気を使うな、と俺が声をかけると、ハルちゃんが真剣な表情で窓枠を指差した。
「りんってさ、もちろん歴史は感じるんだけど……。お家の作りそのものが、普通の農家さんと何か違う気がして。この飾り窓とか、すごく凝ってる」
その違和感に気づいたハルちゃんに、父さんが誇らしげに口を開いた。
「その違和感は正解だ。この家はな、曾祖父さんが図面を引いて、じいさんが建てた家なんだわ」
「えっ? おじいちゃんって大工さんだったんですか?」
「いや、農家だ。ただ曾祖父さんがな、若い頃に修業をしていてな。実はここ、元々は別の場所に『新築』で建てられた旅館を引き取ったものなんだわ」
「えっ、新築を引き取ったの!? どういうこと?」
俺も思わず身を乗り出した。
「なんでも、立派に建てたはいいが、諸事情で旅館として使われなくなってしまった建物があったらしくてな。曾祖父さんがその話を聞きつけて、安く引き取ったらしいんだわ」
父さんはニヤリと笑って、重厚な柱を叩いた。
「本州から取り寄せたヒノキやケヤキが使われた、当時でも一級品の建物だったんだぞ」
「へぇー、ヒノキやケヤキ……」
さっちゃんが感心したように柱を撫でる。
「それを行き場がなくなったからと解体して、馬そりに山積みにしてな。道なき道を何日もかけて、ここまで運ばせたんだ。それを曾祖父さんが自分で図面を引き直して、じいさんたちに建てさせたんだとさ」
最高級の資材を、執念で運び込み、自分たちの城として再構築する。
想像するだけで、当時の開拓者たちのバイタリティに圧倒される。
「お家を自分たちで運んで、建てちゃうなんて。凄すぎます……!」
「だからなんですね。鰊御殿のような重厚な作りなのは」
感心するハルちゃんに、父さんが目を丸くした。
「はぁーん、ハルちゃんは鰊御殿を知ってるのか! 物知りだな。あんな豪華なもんじゃないが、作りだけは負けないくらいしっかりしてるぞ」
「……楓、鰊御殿ってなに?」
小声で聞いてくるさっちゃんに、俺はこっそり教える。
「江差や小樽にある、ニシン漁で大儲けした網元の豪邸のことだよ」
「あんたたち、いつまで外に立たせてるの! 早く入りなさい!」
母さんの鋭い声に、俺たちは慌てて家の中へ入った。
「お昼まだでしょう? さあ、ご飯にしましょう!」
居間の大きなテーブルに案内されると、そこには二つの大きな寿司バチが置かれていた。
蓋を開けると、色鮮やかな具材が詰まった太巻き寿司と、ふっくらと煮込まれたいなり寿司がぎっしりと並んでいる。脇には、湯気を立てるじゃがいもの味噌汁。
「わぁ、美味しそう……!」
「さあ、遠慮しないで食べて!」
「「いただきます!」」
一口食べた二人が「美味しい!」と顔をほころばせる。
竜胆家では、運動会や学習発表会など、お祝い事があるたびに必ずこの「巻き寿司といなり寿司」が出てくるのが定番だった。
「……りんってさ、どうしたの?」
箸を止めていた俺に、さっちゃんが首を傾げる。
「うん。なんか、懐かしいなって思ってさ」
「楓はこれが一番の好物だったもんねぇ」
母さんの言葉に、俺は小さく頷いた。
「うん。今も変わらず、好きだよ」
「……ねえ、お母さん。私にこのお寿司の作り方、教えてもらえませんか?」
ハルちゃんが身を乗り出した。
「えー、ウチも教わりたい!」
「あらあら。じゃあ、夕飯の準備もお手伝い頼んじゃおうかしら?」
「「はいっ!」」
賑やかで温かな昼食の時間は、あっという間に過ぎていった。
満腹になった後は、いよいよ農業体験の始まりだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
曾祖父が建てた家と、母が作る寿司バチいっぱいの巻き寿司。
楓が大切にしている「日常」の欠片が、少しでも伝われば幸いです。
今後とも『小説の主人公になれない理由は~』をよろしくお願いいたします!




