第95話:竜胆家を守るL字の鍵
お腹を満たした一行は、楓の父の案内で敷地内の案内を受けることに。
そこには、かつて「沼」を切り拓き、この家を築き上げた男たちの執念が刻まれていました。
じいちゃんから父へ、そして楓へ。
受け継がれてきた「形」と、その奥に秘められた「祈り」のお話です。
お腹もいっぱいになり、腹ごなしを兼ねて父さんの案内で敷地内を散歩することになった。
「まずは玄関出てすぐ右、この二階建ての建物。ここは車庫だ。昔は車の代わりに、ここで馬を飼ってたんだわ」
中には軽トラと乗用車が収まっているが、普通のガレージとは明らかに広さが違う。
壁にはスコップ、フォーク、クワが整然と掛けられ、奥の小部屋からは独特の香りが漂ってきた。
「ここでは味噌作りもしてるんだ。大きな釜で大豆を茹でてな」
「味噌を自分の家で!? さっきの味噌汁も……?」
さっちゃんが身を乗り出して食いつく。
「そうだよ。無添加の自家製だ」
「お家の味をマスターするハードル、高すぎるぉ……」
ハルちゃんが遠い目をしながら嘆き、ドッと笑いがこぼれた。
「楓のお父さん、ずっと気になってたんですけど……あの鉄塔はなんなんですか?」
さっちゃんが指差したのは、畑の方にそびえ立つ高さ十二メートルの鉄塔だ。
「あれはさっき使ってたアマチュア無線のアンテナなんだわ。父さんの手作りだぞ」
「えっ、あれを作ったんですか!? あの高さに登って?」
「そうだな。冬の間に雪をかき分けてな。大変だったわ」
「落ちたら死ぬ高さだよ……。お父さん、凄すぎる」
さっちゃんの驚きに、俺も深く頷く。次に向かったのは、さらに年季の入った「鍛冶小屋」だった。
「鍛冶……? あの、刀を作るような?」
「そうだ。じいさんが現役だった頃は、ここで農具を作ったり修理したりしてたんだわ。馬に引かせるスキや馬鍬も手作りだったんだぞ」
父さんの説明に、さっちゃんが意外な反応を見せた。
「馬鍬って知ってる! Vtuberが使ってたアルキメデスって名前の農機具だ!」
……現代の農業事情はそんなことになっているのか。
小屋の隅には、じいちゃんが打ったという『護神刀』が白木の鞘に入れられて飾られていた。
中身は随分と錆びてしまっているけれど。
「爺さんは正月になると、鎌、剣、そして『鍵』のミニチュアを鉄で打って、納屋に打ち付けてたんだ」
父さんの言葉に、さっちゃんが不思議そうに、梁に打ち付けられたL字型の鉄棒を見つめる。
「鎌と剣はわかるけど……この曲がった鉄の棒が『鍵』?」
「神聖な儀式って感じだね……」
ハルちゃんが感心したように見上げた先には、歴代の「鎌、剣、鍵」がズラリと並び、竜胆家の歴史を物語っていた。
さらに奥へ進むと、大きなスライド門のある納屋にたどり着く。
竜胆家でも一番大きな建物だ。
「ここは俺のバイクの駐車場兼、整備工場だ」
溶接機、コンプレッサー、グラインダーにチェーンソー。
ありとあらゆる工具が揃うその光景に、二人は絶句した。
「すごい……ここで、あのドラム缶コンロを作ったの?」
「正解。ここは俺の最高の遊び場だったんだ。小さい頃からノコギリや釘をおもちゃにして遊んでたからな」
「そうだったんだ……楓くんの器用さの原点は、ここにあるんだね」
かつての俺の相棒だった、動かなくなったチャベス号や自転車の「あけみ」が、主人の帰りを待つように静かに並んでいる。
その奥には、今は使われることのない田植え機やコンバイン、そして二階まで届く巨大な乾燥機が寂しそうに鎮座していた。
「……父さん、これ」
俺が呟くと、父さんは巨大な乾燥機の赤錆びたボディを、愛おしそうに、そして少しだけ寂しげに撫でた。
「ああ。もう、動かすこともないんだけどな。……いつかまた、って、爺さんも俺も、捨てられなくてなぁ」
かつてじいちゃんが沼を切り拓いて作った田んぼ。秋の夜通し響いていた、あのやかましい乾燥機の音。
それは、竜胆家の誇りの音だった。
父さんのその横顔に、あの日、苦渋の決断をした時の痛みが、微かに滲んだ気がした。
最後に案内したのは、二枚の大きな鉄の扉があるトラクター小屋だ。
「この扉の板……なに?」
俺は扉を閉めると、太い木の板をL字の受け金具にガチャン、とスライドさせてはめ込んだ。
「『かんぬき』ってやつだ。こうして板をはめ込んで、鍵にするんだぞ」
その金属音を聞いた瞬間、さっちゃんがポンと手を叩いた。
「私、わかったかも! おじいちゃんがお供えしてた『鍵』って、この形じゃない?」
言われて、俺もハッとした。
じいちゃんにとっての「鍵」とは、南京錠のような既製品ではなく、家や財産をガッチリと守る、この『かんぬき』の形そのものだったのだ。
「縁起物のミニチュアと、実用の道具。爺さんは両方に『家族を守る』っていう同じ願いを込めてたのかもしれんな」
父さんがしみじみと呟く。
たとえ米作りを辞めて機械が止まっても、この「守る」という意思だけは、今も現役でここにある。
俺がバイクを直すのも、ドラム缶でコンロを作るのも、この家を守り、家族を楽しませるためだ。
じいちゃんの、父さんの精神は、形を変えて俺の中に生きている。
「ふかーい! 素敵すぎる!」
「熱い思いがあって、本当に感動しちゃいます……」
二人の感嘆の声を聞きながら、俺自身も初めてじいちゃんの真意に触れた気がした。
建物の案内が終わる頃には、二人の視線はただの「古い農場」ではなく、何代にもわたる「竜胆家の誇り」を見るものへと変わっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今は動かなくなった大きな機械たち。
それは単なる鉄の塊ではなく、家族を守り抜いてきた「戦友」のような存在です。
祖父を書いた外伝は短編で紹介しています。
農家のはずのじいちゃんが、馬一頭で沼を水田に変え、独力で家を建てた話。
作品コードはこちら
https://ncode.syosetu.com/n0121lw/




