第92話:最強タッグとピンクの赤飯
海での「罪」を洗い流すための、誠意あるもてなし企画。
悩める楓が相談したのは、誰よりも吹奏楽部の内情に詳しい(?)両親でした。
比布町から帰宅した夜。俺は居間の食卓で、箸を止めて唸っていた。
網戸越しに入ってくる夜風は少しだけ涼しいが、日中の熱気が残る部屋には、扇風機の首振りの音だけが規則正しく響いている。
「……どうした楓? 難しい顔して」
父さんが焼き魚をつつきながら、心配そうに覗き込んでくる。
手元にあるのは、酒ではなくキンキンに冷えた麦茶だ。
うちは一族揃ってアルコールを受け付けない。
アルコール消毒液で腕が赤くなるほどの、筋金入りの下戸家系なのだ。
「いや……吹奏楽局のさっちゃんとハルちゃんをもてなす企画を立てろって言われて。何したら喜ぶかなって悩んでるんだ」
「あんた、別の女の子たちと海にデートしに行ったんじゃないのかい? 他にもまだ女の子がいるのかい?」
父さんとは別のベクトルで、母さんが目を光らせている。
この鋭い追求から逃れる術を、俺はまだ知らない。
「昨日は友達の付き添いみたいなもんだよ。さっちゃんとハルちゃんなら、父さんも母さんもわかるだろ?」
俺の両親は、俺が中学で吹奏楽を始めて以来、筋金入りの「追っかけ」だ。
定期演奏会やコンクールはもちろん、全道大会の札幌や、稚内だろうが帯広だろうが、演奏会があればどこへでも聴きに来る。
楽器運搬のトラックまで出しているから、部員の顔と名前、さらには担当楽器まで完璧に把握しているのだ。
「どっちもいい子だよねぇ。母さんはあの子たちの演奏、大好きだよ」
母さんがニヤニヤしながら、勝手な妄想を膨らませている。
「父さんは、一年生のひろくんのチューバの音が好きだぞ。あんなに響く低音はなかなか出んぞ」
「母さんはホルンの龍弥くんがいいわぁ。あの音色、癒やされるもの」
……いつの間にか、俺の悩みそっちのけで「推し」の話にすり替わっている。
「そうだな……いっそ、農業体験なんてどうだ?」
父さんが麦茶をゴクゴクと飲み干しながら、ふと思いついたように提案した。
「いやよ、こんな古い家に女の子を呼ぶなんて! 恥ずかしいっしょ!」
即座に反対する母さん。
「んなこと言ったって、農家の嫁になるなら、いつかは家に来んといかんべさ」
「あんた、農家の嫁って……楓や、お嫁に来てくれる子に、私たちと同じ苦労をさせる気かい?」
「農家を継がないにしてもだ、嫁なら挨拶くらいには来るべさ」
「……そりゃあ、お嫁さんになるならねぇ?」
二人は同時に「ニヤッ」とこちらを向いた。
素面の親父が言うだけに、冗談に聞こえないのがまた厄介だ。
……こういう時だけ、恐ろしいほど息がぴったりだ。
巌流島コンビかよ。
しっかし農業体験か。
仕事を知ってもらうのも悪くないかもしれない。
俺は半信半疑で、二人のグループLIMEにメッセージを送ってみた。
『今度、うちの家で農業体験とかどうかな?』
ピコン。
「「行く!!」」
返信、早すぎだろ。
スマホの画面が熱を持っているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。
「でも、明日も部活だし、泊まりじゃないとゆっくりできないよな……」
「泊まっていけばいいべや」
父さんの呑気な言葉に、母さんがまた目をつり上げる。
「あんた、女の子が泊まるってなったら、親御さんが心配するに決まってるっしょ!」
ピコン。
『お泊まりでいいって! 親の許可取れた!』
……へっ?
「……二人とも、お泊まりでいいってさ」
「明日は赤飯だな!」
「大変だわ、甘納豆買ってこなきゃ!」
母さんは早くも買い物メモを書き始めている。
……待て。女の子二人、それもハルちゃんとさっちゃんが、俺の家に泊まる?
さっきまでの日焼けのヒリヒリが吹き飛ぶくらい、急激に心臓の鼓動が早くなってきた。
明日の夜、この静かな農家の家は、一体どうなってしまうのだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
北海道の農家育ちなら誰もが頷く(?)、甘納豆の赤飯。
両親の全面協力(という名の暴走)により、急遽決まったお泊まり農業体験。
果たして、二人の少女は、どんな体験ができるのか。
次回からは農業編になるのかな。乞うご期待!




