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第90話:比布の風と、手のひらの熱狂

高揚感に包まれた演奏の余韻のなか、祭りの熱気へと繰り出す三人。

そこで出会うのは、この土地ならではの「熱狂」と、火照った体に染み渡る最高の「甘い誘惑」でした。

賑わいの先、最後にたどり着いた静かな高台で、楓たちはこの町の本当の姿を目にすることになります。

比布の風に吹かれながら、彼らの心に静かに刻まれる確かな熱。その一幕をどうぞ見届けてください。


 演奏を終えた俺たちは、楽器を片付けるとすぐに寺山先生と南條先生のもとへ向かった。



「寺山先生、今日はありがとうございました。中学生の熱量に、僕たちも刺激をもらいました」



「南條先生、素晴らしい演奏で支えてくださり、本当にありがとうございました」



 俺が深く頭を下げると、ハルちゃんもさっちゃんも「ありがとうございました!」と声を揃えた。



 寺山先生は柔和な笑みを浮かべ、南條先生は少しだけ口角を上げて、俺たちを見た。



「いいえ、こちらこそ。皆さんの飛び入りで、子供たちの目が輝いていました」



「……いい音だったよ。またどこかの演奏会で会えるといいね」



 南條先生の短いけれど重みのある言葉。俺たちは背筋が伸びる思いだった。



 夏まつりの会場は、活気と香ばしい匂いで満ちている。



「楓! 見て、あっち! ニジマスの掴み取りだって! ウチ、やりたい!」



 特設プールを指さして、さっちゃんが目を輝かせて叫んだ。

 大雪山の清流で育ったニジマスが跳ね、それを追う子供たちは既に全身びしょ濡れだ。



「ちょっと、さつき。今からそれやったら……」



 想像する。ビシャビシャに濡れたまま、雅人先生のピカピカな外車のシートに乗る俺たちの姿を。



(……いや、それだけは絶対にダメだ。雅人先生に申し訳なさすぎる)



「諦めて。着替えもないし、何より雅人先生の車を汚すわけにはいかないよ」



「えーっ! 楓のケチ! 葵からも言ってよー!」



 さっちゃんがハルちゃんに助けを求めたが、ハルちゃんも苦笑いしながら首を振った。



「私も、さすがにあの車に生臭い魚を持ち込む勇気はないかな……。ほら、さつき。魚はまた今度、ね?」



「……ちぇー。ウチのニジマスちゃん……」


挿絵(By みてみん)


 プールを未練がましそうに振り返るさっちゃんをなだめていると、横から雅人先生が楽しそうに笑いかけてきた。



「ははは、そう落ち込むな。代わりに比布で一番甘いものを奢ってやろう。……さあ、乗って」



 雅人先生の案内で向かったのは、『NANA PLAZA』。


 ここは比布の特産品が揃う、国道沿いにある町の玄関口だ。

 先生が勧めてくれたのは、完熟イチゴを贅沢に使ったスムージーだった。



「ほら、これ飲んで機嫌直せ。比布のイチゴは世界一だぞ」



 雅人先生が、ハルちゃんとさっちゃん、そして俺に手渡してくれる。


挿絵(By みてみん)


 一口飲んだ瞬間、さっちゃんの顔がパッと明るくなった。



「……んっ、おいしーい! なにこれ、めっちゃイチゴ! 濃厚すぎる!」



「本当だ。甘酸っぱさがギュッと詰まってて……。演奏後の喉に最高のご褒美だね」



 ハルちゃんも驚いたように目を細める。



「だろう? 比布産の完熟イチゴをたっぷり使った、こだわりのいちごスムージーなんだ。甘酸っぱくて贅沢な味わいだろう?」



 雅人先生が誇らしげに教えてくれた。

 真っ直ぐに、農家さんが大切に育てたイチゴ。

 その純粋な甘みが、体の中に残っていた熱を心地よく解きほぐしていった。



 その後、俺たちは『ぴっぷいいながめ台』へと到着した。

 ここは冬は道北最大級の広大なナイターゲレンデが広がるスキー場、夏場はパラグライダーの滑空場として使われている。


 車を降りた瞬間――

 

 目の前に広がったパノラマに、俺たちは言葉を失った。


挿絵(By みてみん)


 そこには派手な看板も騒がしい仕掛けも何もない。ただ、吹き抜ける風と、どこまでも続く視界があるだけ。



 眼下には、お祭りの賑わいが豆粒のように小さく見え、その向こうには、整然と区画された美しい田園風景。



 視線を上げれば、夕陽を浴びた大雪山連峰が、まるで町を見守るように神々しく鎮座していた。



「……いい眺めだろ」



 雅人先生が、少し誇らしげに目を細めて言った。



「竜胆、どうだ、比布は」



「……温かくて、懐かしい感じがします。ありのままの景色が、どこまでも広がっていて……。でも、このパノラマを見ていると、自分の悩みなんてちっぽけに思えるくらい、懐が深い町ですね」



 俺がそう答えると、先生は満足そうに俺の肩を叩いた。



「そうだな。この景色は、ここで生きる人たちが代々守ってきた誇りそのものなんだ。……さあ、次は汗を流しに行こうか」



 吹き抜ける風が、少しだけ火照った頬に心地よく馴染んでいった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


さて、本作は比布町長とのコラボ企画として執筆しております。

今回登場した「ナナプラザ」の濃厚なイチゴスムージーや、「いいながめ台」から望む大雪山連峰の絶景……これらはすべて、取材を通じて私自身が心から動かされた比布町の魅力です。


【奇妙な縁】

町長に原稿を確認していただき、ついにお二人がご兄弟であることも判明。

結婚式での記憶が、今こうして比布町で一本の線に繋がりました。

この「奇妙な縁」に、私自身が一番驚いています。


「イチゴスムージーを飲んでみたい!」「絶景を一緒に見たい!」と感じていただけたら、

ぜひ【ブックマーク】や【感想】で応援をお願いします!

皆様のリアクションが、比布の風に乗って物語を次へと繋ぐ力になります。


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