第89話:比布の空を震わせる、秘策の鼓動
比布の空の下、いよいよ「夏まつり」の本番が幕を開けます。
ステージ袖に運び込まれた一台の銀色の楽器と、一介の高校生が持ちかけた大胆な「秘策」。
プロの圧倒的な響きに導かれ、ハルちゃんとさっちゃん、そして楓の音が、中学生たちの熱気と混ざり合っていきます。
理屈を超えてリズムが共鳴する、その瞬間の高揚感をどうぞ感じてください。
夏まつりの特設ステージ裏。
出番を待つ中学生たちが緊張に震えるなか、俺はさっき中央学校の音楽室から運び出してきた銀色のティンバレスをステージ袖に据えた。
俺は事前に、顧問の寺山先生とドラムの女の子に「ある提案」を持ちかけていた。
「2回目のパーカッションソロ、俺とドラムの子で二小節ずつ交互に回させてください。俺がホイッスルで合図を出すまで、先生は指揮を止めて待っていてほしいんです」
一介の高校生からの突拍子もない提案に、寺山先生は驚きつつも、
「本来ならリハなしでやるのは無茶ですが、竜胆くんの熱意に任せてみます」
と、この「賭け」に乗ってくれた。
セッティングを終えた俺が、バッグから専用の細いスティックを取り出すと、隣でサックスのリードを湿らせていたさっちゃんが目ざとく反応した。
「……楓。あんた、なんでそんな細いスティックまで持ってるのよ、マニアックね」
「オタクと呼んでくれ」
俺がニヤリと笑うと、ハルちゃんもフルートを構えながら微笑みを返してきた。
「いいじゃない。今日は私たちも、手加減なしで行くわよ」
演奏曲は『エル・クンバンチェロ』。
南條先生のホルンが場を制し、会場がラテンの熱狂に包まれる。
驚いたのは、その音の「密度」だ。
プロが吹く一本のホルンの響きが、中学生たちのサウンドを芯から支え、バンド全体が地響きのような重厚な合奏へと変わっていく。
プロの技術が、生徒達の音を一つの「音楽」として完璧に繋ぎ止めていた。
その鉄壁のサポートを受け、ハルちゃんのフルートが鋭く、かつ繊細な旋律を響かせた。
続いてさっちゃんのサックスが、艶やかで力強く歌い上げる。
二人の全道レベルの演奏が、南條先生の作る音の渦の中で、互いを高め合うように鮮やかに躍動した。
そして、ついにその時が来た。
寺山先生がタクトを止めて一歩下がる。
ステージ上の支配権が、打楽器パートへと移った。
俺は首から下げたサンバホイッスルをくわえ、ティンバレスを叩き込んだ。
――カンッ! カカカッ!
金属シェルの突き抜けるような、乾いたリムショット。
俺が二小節、情熱的なソロを叩き出すと、ドラムの彼女が食らいつくように応える。
二小節の対話。二小節の火花。
俺がフィルインを畳み掛ければ、彼女も必死にスティックを躍らせる。
飽きるまで繰り返されるリズムの応酬に、観客も、演奏している中学生たちも、そして袖で見守る雅人先生までもが、理屈抜きのリズムに乗って体を揺らしていた。
頃合いを見て、俺はホイッスルを全力で吹き鳴らした。
――ピッ、ピピィッ!
その合図で寺山先生が再びタクトを振り下ろし、バンド全体が爆発的な全合奏へと戻っていく。
最後の一音が比布の空に吸い込まれた瞬間、会場を揺らすような拍手が巻き起こった。
「すごかった……! 私、あんなに自由に叩けたの初めてです!」
ステージを降りた俺たちに、ドラムの子が興奮で顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「とっても楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうね」
俺がそう言って笑うと、雅人先生が歩み寄ってきて、呆れたように笑いながら俺の肩を叩いた。
「一時はどうなるかと思ったが……面白かったぞ、竜胆。まあ、本来はコンクールを控えた時期にやるような事じゃないが……上出来だ。派手派手だ」
祭の大きな盛り上がり。
中学生たちにとっても、俺たちにとっても、それは比布の空の下で刻まれた、最高に温かい思い出になった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
さて、本作は比布町長とのコラボ企画として執筆しております。
町長様との対話や現地取材で感じた「夢を応援する町の温かさ」を、楓たちの演奏シーンに重ねて描かせていただきました。
【衝撃の事実】
町長とのやり取りの中で、確信に変わりました。
作中に登場する南條先生は、町長の同級生であり、比布町応援大使だったのです。物語が現実を追い越していくような感覚でした。
「演奏シーンにワクワクした!」「比布編を応援したい!」と思ってくださった方は、
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