第80話:間接的なアレと、沈黙の騎士
夏の陽光が降り注ぐ羽幌サンセットビーチ。
水飛沫と笑い声に包まれ、一行のボルテージは最高潮に達します。
不器用ながらも必死に想いを守ろうとする少年と、それを見つめる少女。
どこか懐かしく、温かい空気感に満ちた「海編」がいよいよ動き出します。
第80話:間接的なアレと、沈黙の騎士
羽幌サンセットビーチ。
遠くに天売島と焼尻島の影を望むこの場所で、俺たちの「海」がいよいよ本格的に始まった。
キラキラと光る飛沫を浴びながら、「カリテス」の面々と水を掛け合う。
透き通った水の中に、それぞれの肌が眩しく映える。
これ、学校の男子が見たら、血の涙を流して羨ましがる光景だろうな……。
「コラー! 楓くん、さっきから私のこと忘れてるでしょ!」
バシャッ、と大きな水飛沫が顔にかかった。
愛美が頬を膨らませて、こちらを睨んでいる。
「忘れてねーよ。溺れてないかちゃんと見てる」
「そういう、迷子を見守る親戚のお兄ちゃんみたいなのじゃなくて! 女の子として見てよねー!」
そう言ってまた水をかけられる。
一方、ムツと萌奈美は波打ち際で貝殻を探すという、なんとも平和で微笑ましい遊びに興じていた。
あっちの方が青春の解像度が高い気がするのはなぜだろう。
やがて、遊びは砂浜でのビーチボールに移った。
皆ちゃんと小野寺さんはカップルらしく仲良くパスを繋ぎ、吉川は隙あらば藤原さんにボールをぶつけて距離を詰めている。
クズだが、社交性だけは異常に高い。
そんな中、隣のコートでは、ガチ勢らしき大人たちが本物のバレーボールで激しいスパイクを叩き込んでいた。その振動が砂を通じて足裏に伝わってくる。
俺たちのビーチボールは少し空気が足りないのか、打つたびに「ボム、ボム」と鈍い音を立てていた。
「あれ、少し柔らかいかな。ちょっと待ってね、空気を入れ直すよ」
逢坂さんがボールを小脇に抱え、バルブを指先でいじり始めた。
彼女が顔を近づけ、その薄ピンク色の唇を、注入口に寄せようとしたその瞬間――。
「……あ、っ」
隣にいたミヤが、喉の奥で押し殺したような声を漏らした。
俺はそいつの表情を見て、すべてを察した。
そういえば、さっきテントの中で顔を真っ赤にして、直接「口」でこのボールを膨らませていたのは、他ならぬミヤだ。
つまり、もし今、逢坂さんが空気を吹き込めば……バルブを介して、二人の吐息が時間を超えて邂逅することになる。
いわゆる、間接的なアレだ。
ミヤの顔面が、見る間に沸騰したケトルのように赤くなっていく。
いつもならデリカシーのない下ネタを抜かすはずの男が、あまりの本物を前にして、完全にフリーズしていた。
俺は、震えるミヤを無言で放置することに決めた。がんばれ。
しかし、その平和な時間は一瞬で破られた。
「あ、危ないっ!」
隣のガチ勢コートから、叫び声が上がる。
見れば、ミスショットされた本物のバレーボールが、弾丸のような速度でこちらへ飛んできていた。
軌道の先には、屈んでボールを覗き込んでいる逢坂さんの後頭部。
反射的に叫んだ俺より早く、一人の男が砂を蹴った。
「っ――!」
ミヤだった。
さっきまでの挙動不審が嘘のように、その動きは鋭かった。
迷いなく逢坂さんの前に飛び込み、彼女を包み込むようにして自身の背中をボールに向けた。
ドゴォッ!
重い音が響き、硬いバレーボールがミヤの背中を直撃して砂浜に落ちる。
「……っ、ふぅー……。大丈夫か?」
砂煙を上げながら、ミヤが低く問いかけた。
逢坂さんは驚いて尻もちをついていたが、自分を庇って蹲るミヤの広い背中を見上げ、少しだけ頬を染めた。
「え、あ、うん。……ありがとう。助かったわ、ミヤくん」
「……おう。なら、いい」
大人たちが血相を変えて謝りに来たが、ミヤは無言で首を振り「大丈夫です」とだけ伝えた。
ハプニングはあったが、ミヤはその後、一言も喋らずに遊び続けていた。
ただ、その顔はさっきまでの茹で上がったタコのような赤さではなく、どこかやり切った男の顔をしていた。
こうして、海編の午前中は、程よい熱気と小さなドラマを残して幕を閉じた。
太陽が真上に来る。テントに戻ると、そこにはシュールな光景が広がっていた。
サングラスをかけ、パラソル下で優雅に寝転んでいる美沙さん。
怒りながらも呆れている吉川のお母さん。
そして、左頬に鮮やかな手形(ビンタ跡)を付けた吉川の親父さんが、せっせとコンロの準備をしていた。
……まあ、何があったかは何となく予想がつく。
さすが吉川の親父だ、期待を裏切らないクズっぷりである。
さてと、前途多難だが、この後はお楽しみのバーベキューだ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
間接的なアレに動揺しつつも、咄嗟の行動で逢坂さんを救ったミヤ。普段は不器用な彼が見せた騎士のような一面は、どこか懐かしく温かいものがありますね。
もし「ミヤ、背中で語りすぎ!」「吉川の親父さん、何をやらかしたんだ(笑)」と少しでも思っていただけたら、ぜひ応援をお願いします!
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