第73話:静寂の湖畔、絶叫したい衝動を堪えて
背筋が凍るような歴史の闇を語り終え、ランタンを消した後の静寂。
……流石にやりすぎたかな、と少しだけ反省する楓でしたが。
夜の冷え込みと「吊り橋効果」は、予想以上の甘い時間を連れてきたようです。
重苦しい空気から一転。
焚き火の温もりと、とろけるような糖度過多なひとときをお楽しみください。
怪談大会が幕を閉じ、俺は一応、テントに残った面々に声をかけた。
「さて、とりあえずトイレ行く人? 入り口で待っててあげるから」
その言葉に、待ってましたとばかりに局員たちがゾロゾロと立ち上がる。
一人で行くのは、相当勇気がいる雰囲気になってしまったらしい。
全員を見送り、自分のサイトに戻る。
この後は一人で静かに焚き火を……と思っていたのだが、背後から二つの足音がついてきた。
ハルちゃんと、さっちゃんだ。
「あれ? 同じテントの二人は置いてきていいのか?」
「他のテントの友達のところに行ったから……二人だけだと寂しいし、それに、さっきの話が怖くて……」
ハルちゃんが少し心細そうに袖を引く。
「じゃあ、三人で焚き火を囲もうか」
夏といえど、ここは北海道の山間部だ。
夜になれば気温が5℃まで下がることも珍しくない。
俺は準備していた文化焚き付けを取り出した。
「さっちゃん、火を付けてみるか?」
「うん!」
ライターを近づけると、灯油の独特な匂いと共に、シュボッと勢いよく炎が上がる。
「ハルちゃんにはこれ。火バサミで薪を調節して、ゆっくり大きくしてね」
「わかった。……パチパチしてて、綺麗だね」
爆ぜる薪の音は心地よく、冷えた指先をじんわりと暖めてくれる。
「「あったかーい!」」
火が安定してきたところで、俺はやかんに水を張った。
「さっちゃん、これでお湯を沸かしてくれる? ココアを淹れるから」
俺が三つのカップを取り出すと、さっちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「カップ、最初から三つ用意してたの?」
「二人が来るかなって思ってたからさ」
「……もしかして、自意識過剰?」
「じゃあ、さっちゃんのは無しな」
「ちょっと! 今の無し! ごめんってば!」
慌てるさっちゃんを見て、俺とハルちゃんは思わず笑ってしまった。
「分かればよろしい」
出来上がった熱いココアを二人に渡す。
湯気の向こうで、さらに甘いものを投入することにした。
「ココア飲んでるところに悪いけど、さらに甘いの、いってもいい?」
「「うん!」」
バーベキュー串に刺した大きなマシュマロを渡すと、二人の目が輝いた。
「あー、焼きマシュマロだ!」
「ウチ、動画で見てやってみたかったんだー!」
マシュマロは、甘くて柔らかくてフワッフワだ。
「とろけるー! 熱いー! うまいー!」
「喜んでもらえてよかったよ。俺はこれ、さけるチーズを炙るから」
俺がチーズを串に刺すと、「えー、それも美味しそう!」と二人が身を乗り出してきた。
「一口ちょうだい!」
「ウチも!」
まずは隣のハルちゃんから。
「熱いから気をつけてね。……あ」
思わず、フーフーしてしまった。
「……あっ、ごめん」
「あむ」
ハルちゃんが食いつく。
のびーる。
長く伸びたチーズが落ちないよう、指で器用に絡めとるハルちゃん。
少し頬を赤らめながら「美味しい」と微笑む彼女を見て、俺も指に絡まったチーズを口に運んだ。
「うん、うまいね」
すると、後ろからツンツンと小突かれた。
「……ウチにもフーフーして頂戴」
さっちゃんが、あからさまな甘えモードで口を尖らせている。
怖い話を聞いたせいか、二人ともいつもより距離が近い。
「はいはい。じゃあ、少し炙って……フーフー. 熱いからな?」
「あむー、のびーる!」
さっちゃんも同じようにチーズを伸ばし、にっこりと微笑む。
……あまーーい!
大声で叫びたい。
夜の湖に向かって、あの芸人のように絶叫したい衝動に駆られる。
うずうずして、叫びたいのを必死に堪えていると……。
「また楓のことだから、自分しかわからないこと考えてるんでしょ?」
「りんって昔っからそういうところあるよね」
「うっ、……痛いところを突くなぁ」
そうして、三人の甘い時間は静かに過ぎていく。
焚き火が弱くなり、夜も深まってきた。
俺は残った灰を火消し壺に入れ、後片付けを終える。
「二人は、まだ時間は大丈夫か?」
「うん。……テントに戻っても、まだ二人っきりになりそうだし」
俺はリュックを背負い、静かに歩き出した。
「じゃあ、ちょっと場所を移そうか」
恐怖のどん底から、一気に「あまーーい!」世界へ。
感情の振れ幅が激しすぎて、作者の私もキーボードを叩きながらニヤニヤが止まりませんでした(笑)。
でも、キャンプの夜って不思議ですよね。
暗闇への不安があるからこそ、焚き火の明かりや、隣にいる人の温かさが、いつもよりずっと特別に感じられるものです。
さて、三人だけの甘い時間はまだ終わりません。
焚き火を片付けた楓が二人を連れ出した「次の場所」とは……?
次回、このキャンプ編のクライマックス(?)をお届けします!
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