第72話:湖畔に眠る記憶
美味しい夕食の後は、キャンプの定番「怪談大会」!
和気あいあいと始まったはずが、ハルちゃんとさっちゃんが語る「実体験」により、空気は一変します。
……あれ? その話、どこかで聞いたことがあるような?
最後に口を開いた楓が語るのは、この美しい湖が隠し持つ「本当の記憶」でした。
夕食を終え、誰もが満足感に浸っていた。
彦根先生の炊いた米は、本当に美味しかった。
お礼を言おうと先生の元へ向かうと、男どもを集めてバーベキューの真っ最中だ。
あいつら、自分たちでやるのが面倒だからって先生に丸投げしたな……。
「先生、ご飯本当に美味しかったです。あの火加減は難しいので、助かりました」
俺が声をかけると、先生はニコニコと上機嫌だ。
周りの生徒にも頼りにされて、今日は絶好調らしい。
片付けを終えたところで、再び全員を集めた。
「本当は肝試しをしたかったんだけど、もうみんな分かるよね?
あちこちに熊の出没注意って書いてあるし、夜はキャンプサイトから出ないこと。ルールは絶対だ」
局員たちが納得したように頷く。
「なので、今夜は先生の『城』みたいな巨大テントの中で、怪談話で盛り上がろう!
……あ、嫌な人は無理しないでいい。普通にキャンプを楽しんでくれ」
結局、先生のテントに十五人ほどが集まり、怪談大会が始まった。
先生の大学時代の恐怖体験に始まり、一年生が語るどこかで聞いたような都市伝説。
だが、次第に話の雲行きが怪しくなる。
まずハルちゃんが、とあるキャンプ場の管理棟で行方不明になった、悲劇の少女の話を始めた。
続いてさっちゃんが、先日の学祭のお化け屋敷で遭遇した、正体不明の「迷子の女の子」の話を被せる。
……俺は、猛烈にゲンナリしていた。
おい、やめろ。それ、どっちも実話だ。
ハルちゃんが語っているのがその子の生い立ちで、さっちゃんが語っているのがあの日俺たちが手を引いて連れ出した、あの「本物」の話。
二つ合わさって完全版にするな。セット販売かよ。
当事者の俺は冷や汗が止まらないが、何も知らない局員たちは「リアリティありすぎだろ……」と完全にドン引きしていた。
「……じゃあ、最後は俺が締めようかな」
少し空気が重すぎる。実話はもうお腹いっぱいだ。
ここは知識で攻めて、気分を変えていこう。
「いきなり怖い話もなんだし、朱鞠内湖クイズ!」
「えっ?」
拍子抜けした顔で俺を見るみんなをよそに、俺は続ける。
「朱鞠内湖は日本最大のなんだっけ?」
「……人造湖、だよね」
「正解。じゃあ、人造湖って何のために作られたんだろ?」
「生活用水とか……発電?」
「おー、さすが!」
俺は少し声を落として、核心へ触れていく。
「じゃあ、いつ頃作られたか覚えてる?」
「一九四三年……?」
「スゲーな、よく覚えてたね。じゃあ、その時代、日本は何をしてたでしょう?」
「……」
テントの中が静まり返る。
「第二次世界大戦の真っ只中なんだよね。
日本は燃料が乏しかったから、電力で補おうとしてたんだ。
こことは別な場所にダムがあるんだけど、空襲を受けても壊れないように、地下に発電所が作られてるんだよ」
「へぇー……」
「彦根先生より先生みたい」
「で、これを作るのには数千人の労働者がいたんだってさ。
……強制労働だったんだ」
「聞いたことはあるけど……何したの?」
「いい仕事があるって騙して連れてきて、暴力で無理やり働かせてた。
住み込みの部屋には外から鍵をかけて、監視までついてたんだよ」
「ひどい。監視付きって逃げられなかったの?」
さっちゃんが不安げに呟く。
「朝鮮からも三千人連れてこられたそうだ。
虐待もあっただろうし、言うことを聞かない者や、脱走を試みた者は……」
「それって……」
「公式発表では犠牲者は二百数十人となっているけど、本当かな?
ひどい伝染病にかかったら?
怪我をして労働力にならないと判断されたら?
そんな人たちが、わざわざ墓を建てると思うか? 穴を掘るか?」
「……」
「今、目の前にダムを作るための深い穴が開いているんだ。
どうせ埋めるなら、そのまま工事の穴に入れてしまえばいいよね。
どうせ埋めるんだもん」
「まじか……」
「人柱って聞いたことあるだろ? そのことだよ」
「うっ、シャレになってないよ……」
「ダムの方では、今でも作業をしている男の霊を見たって話が絶えない。
ここはね、ダムから少し離れているから、そんな話は出てはいない。
でも、これだけ多くの人が苦しんで死んでいった場所だ。
彷徨っていない方が変じゃないか?」
静まり返るテント。
バサリ、と外でテントの布が風に揺れた。
「キャンプ場に入る前にあった慰霊碑、見た人いるかな?
……もし時間があれば、手を合わせておきたいね。俺は合わせてきたよ」
「……わからなかった」
「だってさ……遺体が埋まっているかもしれない、そんな場所に一晩泊まるんだよ?」
「ひっ!!」
「はい、おしまい」
「いや、おしまいって終わってないでしょうが!!」
さっちゃんが叫び、ハルちゃんが泣きそうな顔で俺の袖を掴んでいる。
「シャレになってないー……! 一人でトイレ行けなくなるよぉー!」
「まさか最後の怪談がここの話だったなんて……これから一晩明かさないといけないのに!」
ミツルが頭を抱えて嘆く。
俺はただ、静かに微笑んでランタンの火を消した。
第72話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は少し趣向を変えて、朱鞠内湖の持つ歴史を紐解く「実話怪談」となりました。
第43話のお化け屋敷回を覚えていらっしゃる方は、「あぁ、あの時の……!」と繋がったかもしれません。
楓が慰霊碑に手を合わせたのは、彼なりの敬意と、同時に「これからここで一晩過ごさせてもらう」という切実なマナーだったのかもしれませんね。
……とはいえ、何も知らない局員たちからすれば、ただの「寝られなくなるドSな締め」でしかありませんが(笑)。
さて、ランタンが消された真っ暗なテントの中。
怖くて眠れなくなったヒロインたちが、静かに動き出す予感……?




