第3話:運命の出会いを求めて
高校生活初日。
運命のクラス分け、そして放課後の「小さな冒険」が始まります。
北海道の四月を舐めてはいけない……その教訓を身をもって知る楓の、
あまりにも長すぎる帰り道にお付き合いください。
高校二年の始業式。
世の高校生にとって、この日は人生を左右するビッグイベントだ。
新しいクラスが張り出され、掲示板の前で一喜一憂し、まだ見ぬクラスメイトとの出会いに胸を躍らせる……。
だが、俺にはそんなワクワクはあまりない。
嘘である。
卒業まで同じクラスでいくこのクラス分けは、人生を左右するのである。
これから待ち受ける学校祭、修学旅行といったスペシャルイベントも今回のこの人事で高校生活が決まると言っても過言ではないのだ。
掲示板をさらりと眺めれば、そこに並ぶ名前の半分は中学からの知り合いだ。
「おいおい、そんな遠くから通ってるのに、なんで中学の奴が半分もいるんだよ?」
読者のそんなツッコミが聞こえてきそうだが、これには深い(あるいは浅い)事情がある。
まず、この界隈には高校が三つしかない。普通科、商業科、そして定時制。
選択肢が極端に絞られている以上、必然的に同じ中学の連中が同じ高校に集結することになる。
俺の家は同じ市内にあるんだ。ただ、中学までは十キロ。高校までは十四キロ。
我が家は、街の電線が力尽きて途切れる場所、山の麓に位置している。俺の住処は、文明の果てにあるのだ。
なので、竜胆家は上下水道代を払ったことがない。
なぜなら、上下水道が通ってないからなのだ。
水は地下水をポンプで汲み上げ、トイレは汲み取り式だ。
そんな環境だから、始業式といっても、小説の主人公が遭遇するようなドラマチックな展開は期待できない。
嘘である。
先程のとおり、この顔ぶれの中に「運命」がなければ、俺の高校生活の春は来ないも同然なのだ。
祈るに決まっている。
「おんなじクラスだね。よろしくね」
声をかけてきたのは、皆月だ。
さらさらと流れる髪に、整った顔立ち。
男の俺が見ても「こりゃあ美形だな」と見惚れてしまうほどのイケメンだが、なぜか彼に浮いた話は聞かない。
俺は親しみを込めて「皆ちゃん」と呼んでいる。
そして俺の隣には、中学時代からの腐れ縁、吉川がいた。
「おんなじクラスだわ、よろしくなー!」
能天気な声で絡んでくるコイツは、かなりの変わり者だ。
空気を読むという機能がないらしく、調子に乗っては女子から氷点下の視線を浴びている。
俺は確信した。
この二年間、もし何かが起きるとすれば、それは皆ちゃんの近くにいる時だ。
断じて吉川の隣ではない。
俺は教室を見渡した。
残念ながら、ラブコメの神様が微笑んでくれるような「運命の出会い」は、今のところ教室の隅々まで探しても見当たらない。
さて、始業式の日というのは、授業が変則的だ。部活もない。
時計を見れば、まだ十二時半。そこで俺は重大な問題に直面した。
「……今日、どうやって帰ればいいんだ?」
バスの時刻表を脳内で検索する。
次は十六時。
十六時まで時間を潰す場所もない。
父さんも母さんも今は畑の真ん中だ。あの「青い彗星」に救援を要請することもできない。
ふと見ると、皆ちゃんが校門へと向かっていた。
「おーい、皆ちゃん! 今日どうやって帰るの?」
「ああ、僕はバスだよ。市内循環バスなら本数が多いから、すぐに来るしね」
「そっか……。じゃあ、また明日。バイバイ!」
皆ちゃんの言う「バス」と、俺の待つ「バス」は、同じ名前でも別次元の乗り物だ。
あちらは文明の利器だが、こちらのは一日に数本しかない、ある種の絶滅危惧種である。
さて、どうしたものか。
校門の前で立ち尽くす俺の頭に、一つの無謀なアイデアが浮かんだ。
「徒歩……いけるか?」
マジである。
今まで一度もやったことはない。
だが、今日は始業式だ。何かを変えたい、何かを始めたい。
小説の主人公なら、この途方もない道のりの中で、きっと素敵なヒロインとばったり遭遇したり、自分自身が成長するようなきっかけを掴むはずだ。
午後十二時四十五分。
勢いよく学校を飛び出したものの、すぐに現実は牙を剥いてきた。
歩いている生徒は他にもいるが、見知らぬ女子に話しかける勇気などない。歩けば歩くほど、制服姿の人間は減り、周囲は灰色の景色へと変わっていく。
四月の北海道。
最高気温は十度に届かない。
日陰には、まるで初心者を狙う罠のように、カチカチに凍った残雪が隠れている。
不用意に踏めば、容赦ない「足払い」を食らって転倒の危機だ。
歩く。
ただひたすらに歩く。
きっとこの先に、ドラマが待っているはずだ。
足を一歩ずつ前に出す。……重い。
運命の出会いはどこだ。
そして、街の家並みが完全に途切れ、天塩川を渡す大橋が見えてきた。
大橋のむこうは、不思議の町でした。
嘘である。
俺は猛烈に後悔した。
何故か橋を渡ると吹雪いているではないか!
遠くに連なる山々は白く冷たく、俺の無謀な挑戦をあざ笑っているかのようだ。
このビシャビシャの農道、広大な春を待つ景色の中に、運命の美少女が立っているはずがない。
俺の故郷には、春の訪れはまだ遠い。
そして、春の訪れ(彼女)がやってこないのは、どうやら俺の心も同じらしい。
――家に着いたのは、夕方の五時過ぎだった。
途中、四時のバスが悠々と俺を追い抜いていった時の、あの惨めさは一生忘れない。
四時間半の強行軍。
これは「放課後の散歩」なんて生易しいものじゃない。
完全なる「遭難案件」だ。
玄関に倒れ込むようにして入った俺に、ラブコメの神様が降らせたのは、甘い恋の予感ではなく、ただの筋肉痛という名の呪いだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
14キロの徒歩通学……。青春の勢いだけで挑むには、あまりに過酷な北海道の春でしたね(笑)
街の電線が途切れ、上下水道すら届かない「文明の果て」で、運命の出会いを探して彷徨う楓。そんな彼の不器用な挑戦を、温かく見守っていただければ幸いです。
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