第98話:甘い赤飯と、夜空に咲く火花
収穫を終えた一行を待っていたのは、母さんお手製の「竜胆家の夏」フルコース。
食卓の真ん中には、北海道ならではの鮮やかな「あの赤飯」が並びます。
男ばかりだった竜胆家に、女子二人の笑い声が響く。
そんな賑やかで、少しだけ切ない北国の夏の夜のお話です。
母さんとハルちゃん、さっちゃんが台所に消えてから、居間には男二人の手持ち無沙汰な時間が流れていた。
俺と父さんは、申し訳程度に台所の様子を覗き込む。
「……母さん、手伝うことあるか?」
「二人とやってるから大丈夫。邪魔だから、男連中は向こうで待ってなさい!」
ピシャリと言われ、俺たちはしゅんとして居間へ引き上げた。
見もしないテレビをつけ、時折奥から聞こえてくる楽しげな笑い声や、小さな悲鳴に耳を傾ける。
「楓、なんか向こう……楽しそうだな」
「うん。母さんのあんなに明るい笑い声、久しぶりに聞いた気がする」
「そうだな。うちは男ばっかりだったからな……。母さん、昔から娘が欲しいってずっと言ってたんだわ」
父さんの言葉が、静かな居間に染み込んでいく。
「夕ご飯、できましたよー!」
ハルちゃんの弾んだ声で、食卓が一気に華やいだ。
「ウチら、一生懸命お手伝いしたんだからね!」
「本当に、二人ともよく頑張ってくれたのよ」
母さんも満足げだ。
離れの部屋からばあちゃんも出てきて、賑やかな挨拶が交わされる。
テーブルに並んだのは、まさに「竜胆家の夏」のフルコースだった。
焼きナス、アスパラの肉巻き、とれたて野菜の天ぷらに、ピーマンのめんつゆおかか和え。
そして中央には、食紅で鮮やかなピンクに染まった、大粒の甘納豆が乗った赤飯。
北海道の「赤飯」といえばこれだ。甘くて、どこかホッとする、お祝いの味。
「うわぁ……どれも美味しそう!」
「このアスパラのお味噌汁、ウチが作ったの。飲んでみて!」
「俺はこっちの肉巻きを。……うん、なまら旨い! 味付け最高だよ」
「本当!? 私が巻いたんだよ、美味しいかな?」
口々に感想を言い合いながら箸を進める。
「うまい……。本当に、うまいなぁ……」
ふと見ると、父さんが涙ぐみながら赤飯を口に運んでいた。
野菜のことか、この時間の事か。たぶん、両方なんだろう。
「あんた、何を泣いてるのさ。恥ずかしい……」
母さんが呆れながらも、自分の涙をエプロンで拭いている。
「お母さん……」
ハルちゃんが声を詰まらせた。母さんも、少し照れくさそうに目を細める。
「母さんの兄弟も男ばかりだったし、子供も千島と楓でしょ。女の子がいたら、こんな感じだったのかなって思ったらね……」
「だったら、今日からウチらが娘ってことでいいですよ! ね、葵?」
「もちろん! 願ったり叶ったり……っていうか、もう半分そのつもりです!」
さっちゃんの茶目っ気のある宣言に、母さんが最高の笑顔を見せた。
なんかどさくさに爆弾発言があった気もするが……。
食後、夜の帳が下りた庭先で、父さんが用意してくれていた花火を始めた。
父さんと母さんは収穫用のコンテナを椅子代わりにして、少し離れたところから俺たちを眺めている。
シュゴォーッ! と勢いよく火を噴く手持ち花火が、二人の横顔をパッと明るく照らし出した。
「見てりん、綺麗!」
はしゃぐハルちゃんのシルエットが、夜の闇に浮かび上がる。
打ち上げ花火がヒュルルル……と夜空へ昇り、パアン! と小さな花を咲かせた。
一瞬の閃光が、遠くに見える真っ暗な山の稜線を一瞬だけ浮き彫りにする。
最後は、三人並んで線香花火。
ジジジ……と小さな火の玉が震え、繊細な火花が散る。
「……落ちないで、まだ落ちないで……」
さっちゃんが息を止めて見守る。
静かな田舎の夜、パチパチという火花の音と時折聞こえる二人の笑い声。
北海道の夏は短い。
もう秋を先取りする虫たちが奏で始めている。
夜風に吹かれながら、少し寂しいなってぼんやりと考えていた。
家に戻ると、もう一匹の家族が「にゃーん」と出迎えてくれた。
「わあ、可愛い! 猫ちゃん飼ってるの!?」
「うん。ギンって言うんだ。雑種だけど、アメショーみたいな縞模様が綺麗だろ」
俺が肩をポンポンと叩くと、ギンはうずうずした後にひらりと俺の肩に飛び乗った。
「すごーい! 芸達者!」
さらに、さっちゃんに丸めたビニール袋を渡す。
それを彼女が投げると、ギンは猛ダッシュで追いかけ、口に咥えてさっちゃんの足元まで持ってきた。
「うそ、ワンちゃんみたい! 賢いねぇ!」
「ばあちゃんが仕込んだんだ。うちのばあちゃん、たまに謎の能力を発揮するんだよな」
「その子、野村くんのところからもらってきたんだよね」
母さんの何気ない一言に、ハルちゃんは氷の竜を身に纏い、空間を凍らせ……。
「……そう、なんですね」
ハルちゃんが一瞬、卍解仕掛けた気がするが……。
(母さん、今はその名前出さなくてよかったなぁ……)
そんな微妙な空気を察してか、母さんが明るく手を叩いた。
「さあ、さっちゃん、ハルちゃん。先にお風呂入っておいで。農作業の汗を流して、ゆっくり休むのよ」
母さんに促され、まずはさっちゃんから浴室へと向かった。
木造の古い廊下に、パタパタと軽い足音が響いていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
食紅でピンクに染まり、大きな甘納豆が乗った赤飯。
道外の方には驚かれることも多いですが、これが私たちの「お祝いの味」なんです。
そして後半、母さんの不用意な一言で、現場の温度が急降下。
ハルちゃんの心に潜む「氷の竜」が目覚めかけたようですが……。
楓が感じた「少しの寂しさ」と、一瞬の「寒気」を共有していただければ幸いです。




