「太陽」
「お久しぶりです。雪の面会に来ました」
「翔くんやん、久しぶり!雪ちゃんも喜びますね!」
百合さんの歓迎もそこそこに、俺は雪の病室に向かった。
道中、蒼汰に現状報告をする。
「百合さん、コピーやから気をつけろ」
「了解」
それと雪の宿泊許可の話を先生にしてくれ、と伝えた。
俺はもう迷わない。支えてくれる人がいるから。
「よう、来たで!」
窓の外を見ていた雪は、俺の方を見た。
そしてベッドから降りて、飛びついてきた。
「お兄ちゃん、久しぶりぃ·····」
俺は胸元に顔を埋める雪の頭を、優しく撫でる。
「蒼汰、頼んだ」
蒼汰は親指を立てて、笑顔で病室を出ていった。
「他の皆は?後、何で蒼汰がおったん?」
「皆は後で来る。蒼汰は、俺のこと助けてくれたんや」
雪の表情が少し曇る。だから、もう大丈夫だと、優しく伝えた。そしたら雪も安心した顔をしてくれた。
──その時だった。
「翔ぉぉ、雪ちゃぁぁん、久しぶり!」
この騒がしい声は·····
「ただいま、咲ねえ、真弓、裕太、母さん」
あぁ、顔見ただけで泣きそうだ。それだけ俺は皆が恋しかったみたいだ。これも蒼汰のおかげだな。またなんか奢ってやろう。
「元気やっ·····」
世間話でもしようかと思ったら咲ねえが突然、俺と雪を抱きしめた。
「お帰りなさい。翔、雪」
いつものふんわりした雰囲気じゃない。帰郷を喜んでくれているみたいだ。
「ただいま、姉ちゃん」
何度だって体験してきたことだ。この心にじんわり染み込んでくる温もり。どんなものより、あったかい。
やっぱ家族っていいなぁ。
病院 受付前
翔から頼まれた雪ちゃんの宿泊許可。百合さんには気をつけつつ、他の先生に相談しないと。確か、草原先生が雪ちゃんの──
「どうかしましたか?蒼汰くん」
背後からの声で体がビクッと跳ねた。声の正体。今、一番会ってはいけない人、百合さんだった。とりあえず誤魔化さないと。
「えっと·····ト、トイレっすよ!トイレ!」
誰がどう見てもバレバレの嘘。当然、問い詰められる。
「草原先生いますか?翔が用事あるみたいで」
観念して目的がバレない程度に喋る。
「草原先生?おったかな?」
そう言って、百合さんはスマホで連絡を取り始めた。これなら目的も悟られずに先生も呼べる。我ながら良くやった。偉いぞ、俺。
自画自賛もそこそこに、連絡を取っていた百合さんに一人の看護師さんが声をかけた。
その人と少し言葉を交わしたと思えば、百合さんは「ちょっと用事ができてね。力になれなくてごめん。草原先生からどこかにいるから」とだけ言って、看護師さんと奥のほうに歩いていった。
そんなこともあるよな。そう考えて予定通りに受け付けへ行こうとした。
胸騒ぎがした。さっきの看護師の顔が、ずっと頭の中で再生されていたんだ。
あの人の顔のシーンがずっと。
笑っている。普通の笑い顔に見えるかもしれない。でも俺は、噛み殺さんとする勢いの、邪悪な雰囲気を感じた。悪役の不敵な笑顔と言うのだろうか。とにかく嫌なものを感じ取った。
見たことがあるんだ、あの顔。噛んだら骨まで喰い尽くす。獣みたいな顔を。
いても経ってもいられず結局、百合さんを追いかけた。怪しまれないよう一定の間隔を保って。
しばらくすると二人は、人気のない病室に入っていった。その病室には名前はない。
何故こんなところに来たのか、ますます不安になる。聞き耳を立てると、会話が聞こえる。
「·····なんです。手伝ってくれませんか?」
これは看護師さんの声だ。百合さんは、戸惑ったような声をしている?
「何言ってるんですか?漫画の読みすぎですよぉ?」
百合さんのおちゃらけた声。
でも、返事はない。沈黙が続く。
呼吸が浅くなっていく。
「·····冗談、ですよね?」
百合さんの声は引きずっていた。
頭の整理が追いつかない。
翔には百合さんがコピーだと言われた。だから警戒していたが、今は百合さんよりもさっきの看護師のほうが怪しいと思う。
看護師が百合さんがコピーだと気づいて指摘したということもあり得るし、看護師がコピーで百合さんに何かしようとして──
「じゃあ殺すしかないですね」
突然の声と同時に、足音が響く。近づいていってる?結構、速足だな。というかこれ······ヤバい!
急いで扉を開ける。そこにはナイフを振り上げた看護師の姿があった。
「なっ!?なんでここが?」
混乱に乗じて拳を振るう。それは容易に交わされた。けど、そいつは本命じゃない!
俺は百合さんの手を取って、病室から脱出した。
「とにかく逃げますから!」
逃げる?何処に?人気のないところ?
いやそれは危険だ。相手の土俵で戦うのと同じになる。
そう考えていた矢先だ。
「あれ、百合さん?どうしはったんですか?」
声の方を見ると通りかかった看護師だった。
そして同時に、向かってくる奴の姿も目に映る。
「看護師さん、逃げてください!とにかく逃げて!」
「え?なにっ」
声が途絶えたと思えば、その人は喉から赤いものを垂らし、動かなくなった。
赤く染まった手には赤黒く塗られたナイフが握られている。その瞬間、恐怖が体を包みこんだ。内臓がドロっと溶け出すような感覚に襲われて、足元がふらつく。ここで死ぬかもしれない。そんな予感が過る。
こちらに彼奴の目が向く。猛獣のような目だ。相手が猛獣なら俺は兎か?そんな呑気な想像も、生きてる内できることだ。
·····死にたくない。
余計に足が竦んで動けない。恐怖で死にそうになった。
その時、突然体が動いた。引っ張られるような感覚。
「蒼汰くん、こっち!」
俺は百合さんに手を引かれて、エレベーターに飛び込んだ。扉が閉まる。
「蒼汰くん、落ち着いて!息、息吸って!」
言われるがまま、ゆっくりと息を吸った。
一気にしんどかった体が楽になった。どうやら呼吸を忘れるくらいビビってたみたいだ。
「すいません、助かりました」
視線をモニターに移すと、地下三階へと向かっていた。そこは荷物置き場になっていて滅多に人が来ないらしい。
「駄目です!そこは危険です!」
人気のないところは駄目だ。そこは完全に相手のフィールドだ。
けれど、百合さんは理性的に、そしてどこか感情を押し殺した声で言った。
さっき見た通り、奴は目撃者を平気で殺す。だから犠牲者を増やさないためにも、二人でどうにかしよう。そして患者を危険にさらしたくないと言った。俺はそれに共感するところがあった。確かに奴は多くの人を巻き込むかもしれない。それが誰かにとっての「傷」になるのは嫌だ。だから、俺たちは暗闇に包まれた地下へと足を踏み入れた。
この状況を俺だけでどうにかするのは不可能だ。一刻も早く翔に現状を知らせないと。
「ガンッ」
背筋がゾッとする。もし、ここに彼奴みたいな奴がいたら·····。俺は木偶の坊だろう。
今だってこんなに手の震えが止まらなくて、今朝食った米を吐きそうなぐらい恐怖してる。
「百合さん、電気つけてもらっていいすか?」
暗闇の通路を睨みつけながら言う。自分のできる最大限を今に集中させる。
前の方で何かが動く感覚があった。
「パチッ」
暗黒に光が灯ったと思えば、既にクロは光を塗り潰していた。先手を取られては防御しかできない。
向かってきたナイフを寸前で交わして、百合さんのほうに下がる。多分、こいつがクロだ。
コピーには強さは劣るが、こいつだって殺意を持ってる。その時点で立派な強敵だ。百合さんの手を引いて奥に行き、どこかの部屋に隠れた。
「百合さん、大丈夫ですか?」
俺は一旦腰を下ろして、百合さんに声をかけた。しかし、返事は返ってこない。百合さんは体を震わせて、息を荒くしていた。そんな様子を見て俺も怖くなってきた。目の前で人が死んだり、自分も殺されかけて、今まで感じたことないくらい恐怖してる。
でも──
そんな極限の中、百合さんはそんな恐怖の中、俺を助け出してくれた。震える呼吸を抑え込むように力強く息を吸う。
「よし!」
俺は強く生きるって決めたんだ。誰かの恐怖をかき消すくらいの、月夜を照らす太陽に。
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