「腐った花」
翔の連絡先を開いてた。
「助けて、地下三階」
雪ちゃんとの再会の邪魔をして悪いが、俺だけじゃどうにもならない。何か武器になるものを探すために周辺の棚を漁ってみる。そこで丁度いいサイズの鉄パイプがあった。実際、こいつを振り下ろす度胸が俺にあるか分からないが、こうなった以上、やるしかない。
「百合さん、ここにおってくださいね」
埃の被ったドアノブを捻って、外へ出る。
そしたら足音が聞こえた。しかも、一人じゃなく二人だ。きっとコピーがここに来たんだと確信する。
覚悟を決めて、鉄パイプを握った。
「ちょこまか逃げたら駄目ですよ?ね?」
クロが突っ込んでくる。
今度はいける、今度は、今度こそは──
「ガンッ」
鈍い音と共に頭が割れたクロは消えていった。
コピーもこちらに来るのが見えた。正面からやり合うのは不利だと分かっているので、このフロア全体を使う。俺は入り組んだ通路を走り、コピーの視界から消える。
不意打ち狙いの戦法だ。卑怯だ、なんて言われても俺は生きたいんだ。死にたくないんだ。
それなのに、覚悟を決めたのに手が震えている。頭を砕く感触が鉄パイプから伝わって体に響く。怖くなって手を離しそうになった。覚悟は出来てる。それでも怖いものは怖い。
立ち向かう勇気、貫き通す勇姿が無かったんだ。でもここで悩んでいれば、それこそ死ぬ。
恐怖を誤魔化すように、またパイプを強く握った。
視界に奴を捉え、最小限の動きで背後に近づく。間合いに入った。
後は、振り下ろすだけ──
「迷ってますよ」
獣のような目が俺に喰らいついた。不意打ちはスラリと躱された。そこに強烈な蹴りが飛んできた。咄嗟に防御を取った。だが、この蹴りは腕ごと体を吹き飛ばすという、あまりにも強烈なものだった。警戒していなかったら、骨が折れるレベルでヤバい蹴りだ。
そこからコピーの追撃が始まった。
崩れた体勢で何とか攻撃を受け続けた。そのおかげで少しずつ状況に慣れてきた。
そこでようやく反撃に出る。
「当たれぇぇぇ!」
苦し紛れに振り下ろし、見事に躱された。でも今度は一撃だけじゃない!
下がったところに渾身の力で振り下ろした。
「バキッ」
左の上腕から鈍い音が響く。あの感触もお構いなしに俺は鉄のパイプを振り下ろし続けた。
コピーが頭を守ろうと腕で防御するが、それを逆手に取って肋骨あたりを狙った。骨を砕く音と金属音が静かな地下に響き続ける。力が弱くなったのを感じて、今度は頭を狙った。防御していた腕も意味をなさず、鉄パイプがめり込んでいった。
何度も、何度も、何度も振り下ろした。
いつの間にか恐怖は──
「蒼汰、やめて!!!」
突然、百合さんが俺の手を押さえてきた。
あぁ、もうコピーは攻撃できないからこれ以上はいいのか。百合さんの無事を確認するために顔を向ける。
刹那、俺の頬に強い衝撃が走る。
突然で混乱したが、それは百合さんの平手打ちだった。訳もわからず、俺は混迷を極めた。
ただ百合さんは、俺の目を覗き込むように見ていた。そこから少しの間があって、「落ち着いた?」と声がした。
その言葉に、ただ「はい」と答えた。
一連の出来事に憤りを覚えることはなかった。
混濁した意識が晴れたことで、意識は鮮明になる。
「もうあんな事、絶対したら駄目やから」
その声からは少し怒気を感じた。でも、その意味を俺はまだ理解できなかった。
殺したコピーのほうを見ると、跡形もなく灰となって消滅していた。その光景は生涯、忘れることなく残り続けるだろう。
落ち着いたのも束の間、エレベーターの開く音が聞こえた。一気に背筋が寒くなる。
自分の楽観さを呪い、またあの感情と向き合う。
「百合さん、隠れててください」
重い足を前に出そうとするが、それを百合さんが止めた。
「馬鹿、隠れるよ」
そう言って手を引っ張ってきた。その手は力強く、強引に感じた。
「離してください」
その力に俺は抵抗した。ここで引けば、奴らのほうが有利になる。少しでも優勢に立たないと、後から来る翔も危険に晒してしまう。
それに俺は──
百合さんは拒絶するように腕を強く引く。
何度も話しかけたが、ことごとく無視されてしまう。我慢できず俺は腕を振り払ってしまった。
「離してください!」
想像以上に声が出て、怯んでしまう。
そのせいで余計に頭が回らなくなってきた。
自分が何になりたかったのか。それを求める理由さえ漠然としてきた。
「百合さん、どうしてここにいるんですか?戻りますよ」
エレベーターから降りてきた人物がこちらに話しかけてきた。そして回らない頭は声の方を見て、理解できるものだけを求めた。
こいつは人じゃない。コピーだ。
俺は助走をつけてコピーに向かって攻撃した。驚くほど簡単に躱された鉄パイプは、床を鳴らし、手を痺れさせただけだった。急いで、前傾の体を起こして振り返る。
そしたら色々なものが目に入った。
でも意識は限定され、それしか認知できなかった。
俺を見下す目、俺を憐れむ目しか。
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