第十王位継承者
「は…?」
シャルル第二王子は理解できないようです。
「王家の面子を潰しかけたのはテメェの方だろうが。第十王位継承者どの」
ヒルベルテも尻を踏みつける。
「無能は放って置け。で、だ。
レイジー・フロム侯爵令嬢だが、もちろん冤罪だ」
バーンベルク侯爵が即答した。
下で『何で第十何だ』ともごもごしている物体は無視していますね。
王位継承者の序列、えーっと、確か…。
わーいっ、タンシチューにバケット付きが来ましたっ、これは嬉しいっ!
おっと、序列っと。
第一王位継承者順から、王太子、王弟、エルル殿下、正妃弟、バーンベルク侯爵、公爵家その①…生徒会長さん、公爵家その②…副会長さん、ベルンシュタイン辺境伯、フロム侯爵、第二王子シャルル。
でしたね。
「さて」
フロム侯爵が静かに切り出した。彼の声は低く、それでいてこの場にいる全員の耳にしっかりと届く。
「この一件、全ての原因はシャルル・ウォル・シェレンベルク第十王位継承者の無知と独断によるものと結論付けてよろしいでしょうか?」
「異議はない」
国王が重々しく頷いた。
生徒たちの一部はざわついています。
まさか、この国の第二王子の王位継承権がそこまで低いことに。
「周知はしていたけれどねえ。第二王子って肩書きで、馬鹿王子を祭り上げたい連中は継承権を無視していたようだ」
会長さんが呆れています。
「なぜ……」
床に這いつくばったままのシャルル王子が呻くように呟いた。
「なぜ俺がこんな順位なのだ!俺が第一王位継承者だぞ!!?」
「一位は貴様の兄だ、馬鹿者」
バーンベルク侯爵は冷ややかな視線を第二王子に向けたまま踏みつける力を込め、盛大なため息をついて言葉を紡ぐ。
「第一王位継承権保持者である王太子殿下と、第二継承権を持つ王弟殿下の間には絶対的な隔たりがあります。
第三継承権は王女エルル殿下。第四は正妃の弟君。第五は侯爵家当主である私……そして続く公爵家各位――生徒会長ら。第十位にようやくシャルル第二王子が来る」
「だから!正統な王族は俺だろうが!」
バーンベルク侯爵は先ほどよりも深い溜息を再度ついた。
「王子教育がまともにこなせていない貴様が? 問題ばかり起こし、血の繋がりだけで最低限の継承権を得ているにすぎない。国王陛下としては優秀なエルル殿下を序列一位へ推したいところだが――」
バーンベルク侯爵は憤怒の形相を隠せない。
「降嫁した身故、義妹は第三継承権止まり。この順位は異例中の異例。それも偏に、エルル殿下と夫たるヒルベルテの類稀なる手腕と忠誠心があってこそだ」
バーンベルク侯爵の言葉に、会場全体が水を打ったように静まり返った。つい先刻まで第二王子に付き従っていた貴族令息たちの顔面が蒼白になるのが見える。
彼らは第二王子を『正当なる王位継承者』と崇めていたはずだ。それが実際は第十位という滑稽な位置だったとは――。
「馬鹿な……! お前たちのほうが王族よりも上だと……?」
地面に這いつくばったままのシャルル第二王子が唾を飛ばして叫んだ。
「当たり前だろうが」
ヒルベルテが冷ややかに言い放つ。
「血だけで王族を名乗るお飾りが役立つか? 我々は王家の基盤を支えるために生まれた。お前のような無能には期待すらしていない」
『うちもねー、王位継承者の序列、第三王子を上に挙げたいんだけどねー。
本人が私の方が次期国王として相応しいって聞かないんだよ。
だけど、あの子は勉学も国民もおろそかにはしない。もしもを想定した賢い子だ』
「此度のベリオドールとの交渉次第では、継承権も変わりましょう」
『ええ、当然』
――そうすれば側妃の子ってだけで、発言権が低くならないだろう。
義母兄弟ですが本当に仲良いですね、あそこの王家。
「なぜ俺はこんな順位なのだ! 父上の血を引いているのに!」
「血ですか」
フロム侯爵が鼻で嗤った。
「もし血だけが重要なら、王太子殿下の地位にいるのはエルル殿下のはずだ。正妃の血を継ぎ国王陛下のご寵愛あるお方ゆえに」
生徒たちの中からどよめきが湧き上がった。そのざわめきは次第に怒りを帯びてくる。
「あの王子は私たちを騙していた……」
「王位継承権が十位だなんて……!」
「それなのに散々偉そうな態度をとって……!」
かつてシャルル王子に媚びへつらっていた生徒の一人が、震える声で呟いた。
「まさか……我々は操られていただけなのか?」
「王子という肩書きに重きを置いた結果だろう」
バーンベルク侯爵が厳しい視線を送る。
「王位継承権という数字よりも『王子』という称号に意味があると思い込んでいた者たち。そんな幻想に乗っかったお前たちにも責任がある」
貴族令息の一人が青ざめた顔で後ずさる。
「そんな……我々は第二王子を尊び……」
「尊ぶべきは正当な資質だろう!」
生徒会長が強く反論した。
「王位継承権は能力を量る尺度だ。血だけでは何も成し遂げられない」
会場の中央でヒルベルテとエルル殿下が並び立つ。エルル殿下は静かに頭を下げた。
「私も夫も、シャルル殿下の誤解を放置した責任を感じています。ですが……これ以上誤った情報で王国を危機に陥れるわけにはまいりません」
「義妹はそもそも病気療養中だった。我が弟も似たようなものだ。
――そもそも、第十王位継承者の暴走を防ぐための側近だが…。
役目を全うしたのはマグス子爵令息だけとは、嘆かわしい」
国王は重々しく頷いた。
「先の大戦での混乱を抑えるべく、二人は大いに貢献してきた。彼らの働きは第二王子のどんな行動よりも価値がある」
「それに比べて貴様はどうだ?」
バーンベルク侯爵の口調は氷のように冷たい。
「国政の基礎知識も欠如し、他国からの使者ともまともに会話できぬ。権力欲に溺れ、冤罪をでっち上げ他者の人生を弄ぶ。これが王の器か?」
「……ぐっ」
シャルル第二王子は拳を握りしめる。
第二王子の取り巻きたちが次々と頭を抱え始めた。彼らのうち何人かは自分の判断ミスにようやく気づいたらしい。
王子派の貴族たちの顔からは血の気が引き、一部は既に退路を探るように視線を彷徨わせていた。
「国王陛下」
エルル殿下が凛とした声で呼びかける。
「第二王子の無能と無教養を断罪し、その権利を剥奪されることを提案いたします。ですが」
シャルル第二王子の目に光が宿る。
「そんな愚物は後で良いでしょう。第九王位継承者たる父を持つ、レイジー・フロム侯爵令嬢の冤罪を優先的に晴らすべきでしょう」
「そうだな、下位の継承者は後で良いな」
「ええ、英断と存じます」
滅茶苦茶騒いでいますが、バーンベルク侯爵が踏んでますので抵抗は弱いですね。
「ルルー嬢への暴行だが、第一に身体的条件をクリアできない時点で不可能。
第二に本人が領内で療養中なのだから物理的に不可能だ」
「ということはつまり……」
別の生徒が恐る恐る続けようとしたとき。
「馬鹿者!!」
騎士団長の怒号が雷鳴のように轟いた。その剣幕に会場全体が沈黙する。
「全て虚偽だ!!そしてこの茶番に加担した者たちよ!覚悟せよ!!」
「ち……違う!!」
彼の叫び声が響き渡る。しかし誰も耳を傾けようとしない。
「俺は騙されたんだ!!みんなそうやってレイジー侯爵令嬢を利用して俺を利用した!!」
「利用とは穏やかじゃないな」
バーンベルク侯爵が片眉を上げる。
「どんな利用方法をされたのか詳しく説明してもらおうか」
「そうだな」王は頷く。
「どのような計画があったと言うのだ?シャルルよ」
追い詰められたシャルル第二王子はついに矛先を変えた。――宰相閣下の三男に。
「こいつが!!レイジーが節操無いし、ルルーを殺害しようとしたから娼館送りにしようって!!」
「なっ」
宰相閣下の三男ラウルは第二王子シャルルの言葉に一瞬動揺したが、すぐに平静を取り戻した。
そうだ、乗り切れる。
そんな宰相の息子の思惑を、オリーブグリーンの瞳がしかと捉えていた。




