馬鹿王子と生産元へ正妃と降嫁した王女は拳で語る
「ちなみにデイジー殿。なぜ気づかなかったのか? 彼らがあからさまに偽装していることに」
バーンベルク侯爵が興味深そうに尋ねる。
「気づいてはいましたけどね。それ以上に彼らのいちゃもんが面倒臭かったのが本音です。
私がレイジー・フロム侯爵令嬢じゃないことくらい一目瞭然なのに、しつこく絡んでくる方が疲れるので」
デイジーは肩をすくめると「それに」と付け加えた。
「生徒会メンバーさん方とも協力して、お馬鹿どもを一掃兼『救出』も必要だろうと考えました」
「エリオット殿の件だな」
気付いたのは生徒会書記官さんですけどね。文字に怯えがあると見抜いたのは彼女です。
「隣国の第三王子の留学中は、連中も大人しかったらしいですけど」
『ああ、鉄拳制裁で何度か黙らせたって聞いているよ』
あの人ゴツイですし、抑止力になるでしょうね。
「隣国の王子帰還後、明らかな異常事態に怯える生徒さんも居ました。
私が招かれた断罪の場でも、王家の権力を傘に脅されて集められた方がいますよ」
「私は武闘派ではありませんし、芋づる式に全て引っ張り出すには敢えて茶番に乗るしかないでしょう」
「まったく、無茶をしてくれましたよ……」
生徒会長が苦笑交じりに呟く。彼の隣で書記官も呆れたように首を振っていた。
「それに、ああいう恐怖で支配された人は、それ以上のトラブルでそれを崩さないとどうにもなりませんから」
だから生産元と弁護側を一斉招集させたんですよね。
「なるほど。つまり貴様らはその権威を以って己が我欲を満たしたと」
バーンベルク侯爵の低く響く声に、各々は息を呑んだ。
第二王子が断罪のために呼び集めた生徒たち――王子の狂信的な支持者と、脅迫され恐怖に囚われた者たちの群れ。
「では確認しよう」
侯爵の指先が虚空をなぞると、紙を取り出しカリカリと記していく。
悪意ありと判断される恐怖に怯える生徒たち。
ピタリ、とその手を止めると、ペンが粉砕されました。
しかし顔だけは穏やかな雰囲気を出そうと怒りを押し込め、とある生徒の元へ向かう。
「そこの君。君と、君もだ。――ポケットの物を出しなさい。使わずとも良い、君らの苦悩は私が代弁する」
彼、彼女らは震える手で小瓶やナイフ、手紙――遺書を侯爵に渡す。
小瓶の中は農薬や睡眠薬など。
「――陛下。第二王子はこれだけの生徒を悪意で縛り、愚かな断罪で侯爵令嬢――実際には聖女デイジーがどうなるか。彼らはその末路に怯え、罪悪感に駆られていた」
その背中は隆起し、怒りの感情がビリビリと会場を震わせる。
「あの生徒らに至っては聖女を貶める事に苦悩し、自死を以って陛下に進言するつもりだったようだ」
バーンベルク侯爵の頭の中には、鮮烈すぎる過去が閃光のように走った。
顔に血管をビキビキと浮き立たせ、それでも静かな声音で告げる。
「陛下」
侯爵の声は静まり返ったホールに冷たく響く。
「この王子の行為は王国の根本を揺るがします。聖女を侮辱し……ましてや無実の若者に死を選ばせかけた……」
侯爵がシャルル第二王子に歩み寄る足音は鋼のようだった。その手がゆるりと伸び王子を掴む。
ミシミシと頭蓋が音を立てる。
「貴様は学ぶことを知らぬのか?我が義妹に免じてそこの冠置きの首は残したが、首は要らぬか?」
「ひっ……父上!父上!」
王子の声はもはや悲鳴だった。
「王家もだ」
侯爵が国王を振り返った時、その眼差しは刃のように尖っていた。
「次期国王候補が二人も屑同然。貴公の育て方にも問題がある」
「う……」
「ええい!誰かこの無法者を捕らえよ!グブッ」
王妃の扇子が第二王子の頬を穿つ。
「バーンベルク侯爵。あなた方に辛苦労苦を担わせ、申し訳なく存じます」
「‥‥‥」
王妃は優雅でありながらも毅然とした態度で歩み寄り、その場にひざまずいた。
「閣下。我が夫と義理息子が犯した過ちは王家の責任でございます。王妃として、臣民を代表し、心から深くお詫び申し上げます」
その動作は完璧な礼節に則っていたが、王妃の瞳には微かな悔悟の色が滲んでいる。
隣に控えていた王は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに王妃に倣って膝を折った。
「──そのような必要はありません」
侯爵の声には先ほどの激烈な怒りが幾分和らいでいたものの、依然として底冷えするような厳しさがあった。
「王妃殿下の潔白は疑っておりません。王太子殿下の改善にも一定の評価をしております。しかし‥‥‥」
侯爵は強く握りしめた拳を開き、第二王子を掴んでいた手を緩めた。
「シャルル王子は己の愚行により多くの者を傷つけた。王妃殿下の謝罪は受け入れますが、彼への責め苦は別の話です」
王子は解放されるや否や膝を折って蹲り、喉奥から搾り出すような呻き声を漏らしていた。
その時だった。
「シャルルちゃん!!!」
甲高い叫び声とともに一人の女性が飛び込んできました。金色の髪を乱れさせながら息を切らせている側妃ミネルバです。
「母上!!!」
「寄ってたかって、私の可愛いシャルルちゃんに何をしているんですか!!!」
つかつかと馬鹿王子に駆け寄る側妃を小柄な影が止めます。
それは正妃マーガレット様と、その娘にして降嫁した第二王女エルル殿下本人でした。
次の瞬間──
シュッ!
鋭い風切り音と共に正妃マーガレット様が側妃の懐に滑り込んだ。白魚のような扇子を持つ手が弧を描き、無駄のない一撃が側妃の鳩尾を捉えた。
「ぐふっ……!?」
衝撃に身体がくの字に曲がり、側妃の甲高い叫びが潰れた音に変わる。そのまま彼女は崩れ落ちるように床に膝をつき、白目を剥いて気絶した。
「連れて行きなさい」
正妃マーガレット様は乱れたオリーブグリーンの髪を整えて護衛騎士に告げます。
拘束して猿ぐつわまでするあたり容赦ないですね、ていうか威厳あるお方がまさかの実力行使とは。
まあ、側妃は生産元として責任能力皆無ですしねぇ。馬鹿王子の沙汰が出るまで放置するのでしょう。
当のバーンベルク侯爵は筆を置き、国王に紙を差し出しています。
「こちらが悪意のない者たちのリストです。彼らの多くは家庭の事情や将来への不安から否応なく参加させられたようだ」
国王が顔を上げる。
「――それならば該当する者たちは厳罰から外そう」
彼の言葉には揺るぎない決意があった。…妻子の鉄拳制裁に目が泳いでいますけど。
エルル殿下も容赦がありません。
パァンという乾いた音が室内に響き渡る。
「シャルル!!!貴方は何をしているの!」
王女は怒りを爆発させ、足早に第二王子に近づくと渾身の力を込めてその頬を打った。
「痛っ……! 何するんだよ!!??」
「恥を知りなさい!」
彼女は両手で強く掴みかかる勢いだった。
「あなたは幼い頃から自分勝手で傲慢だったけれど、今回ばかりは限度を超えています!!」
彼女の瞳には涙が光っているものの怒りに燃えていた。
「この国の未来を担うべき者が!他人に罪を押し付け、自分の立場を守ろうとするなんて、最低最悪よ!」
「黙れ!!侯爵風情しか貰い手の無い無能が!!よくも王太子である俺を殴ったな!?」
シャルル第二王子の肩にポン、と手が乗る。
エルルの夫。バーンベルク侯爵の弟でも在る彼が、いつもの快活な雰囲気を打ち消し冷酷な表情でシャルル第二王子の腹に拳を叩き込んだ。
「王太子はテメェの兄貴だろうが、ボケが」
権力者の圧力で民を自死に追いやるところだった。
この愚行はエルル夫妻の逆鱗に触れた。
彼女は顔を覆い、声を詰まらせる。指の隙間から大粒の涙が零れ落ちていく。
ヒルベルテが彼女の肩にそっと手を置くと、エルル殿下は決心したように告げる。
「この度は我が愚兄の為に、未来ある皆さまの道を閉ざしかねない事態となった事。心からお詫び申し上げます」
「当家及び我が兄の統治するバーンベルク侯爵家は不当な圧力に屈しない。
あなた方が受けた苦痛を正当に評価し補償致します」
王妃も生徒らに頭を下げた。
「義理息子の愚行は王家の本意ではありません。偽りの力で未来あるあなた方に影を落としたこと、深くお詫びします」
生徒たちは互いに顔を見合わせた後小さく息を吐き出し始める。彼らには少なくとも希望が残されているという実感があった。
「ありがとうございます」
何人かの生徒が安堵混じりで呟いた。彼らにとって未来への第一歩が今始まったのだ。
「貴様!!よくも王太子たる私に…ぐげっ」
バーンベルク侯爵は第二王子の頭を踏みつけていた。
「我が弟と義妹、義母が頭を下げているのだ。何故、義妹より継承権の低い、第十王位継承者であり元凶の貴様が頭を高くせねばならんのだ」
王妃様は扇子で殴っていますが、戦闘経験は無いのでご了承ください。




