国語教師、壁に向かって発声練習・聖女はタンシチューを堪能
私は鏡の聖女デイジーと言います。
本来は行った場所を水鏡などの反射物を介して、遠くを見る能力らしいんですけど。
魔道具を応用したり、人体の血や眼球なども能力の範囲内と解釈したら面白いくらい有用な力になりました。
私の片目が金色に輝きます。
現在、私は死の聖女から付与された邪視の発動中です。
と、言っても攻撃の為ではありません。
死の聖女の『領域』と諸々の付与魔法の効果で、彼らの生産元を卒業パーティーにご招待しました。
こればかりは、他の方の協力ありきです。私は生活魔法くらいしか使えないので。
うーん、私の加護を経由して、強い術者の超遠距離魔法の行使が可能と言えば良いのでしょうか?
その辺は感覚でやっているんですよねぇ。すみません。
強いて言えば、魔王を倒せる程度の応用でしょうか?
生産元の国王と外交中の王妃…あ、正妃の方です。側妃はあてにならないので。そして兄である王太子と降嫁した妹君とその夫。
第二王子に与してドヤ顔の生産元らの、宰相、騎士団長、宮廷魔術師、国語教師の婚約者の薬草学の講師。
レイジー・フロム侯爵令嬢の御父上フロム侯爵と兄のフロム小侯爵。
そして、私の身元確認の弁護側ですが。
ヴァイオレット商会長ヒース・バーン・ドラコさん、エヴァンス・バーンベルク侯爵、編集長のヘルマンさん、魔塔の先代主のクロヌスさん。
第二王子が権力でものを言わせて集めた生徒以外も集めましたよ。
別会場を手配して、しれっと侯爵令嬢を断罪する気で居たのでしょうけど。
クロヌスさんに本来の会場と繋げて貰いました。
学長や生徒会メンバーも加わって、それはもう冷ややかな目で第二王子たちを見つめています。
いやね、話通じないなら、上に通すだけですから。
集団で言いがかり付けられてそれはもう、五月蠅いので。
あ、ちゃんと学園側が生産元のお席は用意しています。
「シャルル・ウォル・シェレンベルク第二王子はレイジー・フロム侯爵令嬢との婚姻を破棄するそうです。
無関係の私に言われても困りますので、当事者方でお話しくださいませ」
部屋の中が一瞬にして暗転した後、それぞれの椅子に人々が座っていた。
国王陛下が立ち上がる。
「シャルル!これは一体どういうことだ!」
「ち、父上!?」
シャルル王子は初めて状況を理解したようで顔を青ざめさせる。
「そ、それはレイジーが……」
「そんな言い訳が通用すると思っているのですか?」
王妃が扇子を閉じて鋭く言います。
外交中の呼び出しだったので、鏡の加護でお相手と中継して談笑しながら言い負かしていますね。
「あなたが断罪という名で呼んだのは聖女デイジー殿ですよ?レイジー・フロム侯爵令嬢ではありません」
『そもそも、王族としての素養にかけていませんか?自国の公用語の発音すら怪しいと周知しているようなものでしょう』
外交先の王子殿下が物凄く煽っています。
「そうですね。何度もレイジー様ではありません、デイジーですと伝えていますが。
一切気付かないですし」
デイジーは穏やかに言った。
「そこの婚約者殿。貴方、国語の教師なのに生徒の発音も直せないのですか?」
薬草学の女講師が婚約者である国語教師に切り込みました。
「大前提、新聞記者殿が制服姿で生徒たちとの日常を撮影すると、教師一同に周知したはずだがねえ」
学園長はニコニコしながら青筋立てています。
「久しぶりに授業と行こうか。
君、デイジーのDを発声しなさい。舌先を上前歯のすぐ後ろの歯茎にピタッと当てて息をせき止め、声帯を震わせながら舌を離して『ドゥッ』と短く破裂させるように発音だよ」
薬草学の女講師も、婚約者である国語教師を冷たい目で見据えると、淡々と言い放ちます。
「いい機会ですわ。婚約者殿、貴方に特別補講です。レイジーとデイジー。この二つの名前の発音の違いを述べて下さい。
貴方のような教鞭をとる者が、そんなのでは生徒に示しがつきません。まずは、Rの発音です。舌先をどこにも触れさせず少し持ち上げて奥に引き、唇をすぼめて『ウ』に近い口で声を出すのが基本。レイジーのR。しっかり出してみなさい」
国語教師の男は、完全に混乱し、顔面蒼白だった。まさか自分がこのような形で晒し者になるとは思ってもみなかったのだろう。震える唇からは、意味のない呻き声が漏れるばかりだ。
「聞こえないわよ!」
薬草学の女講師がぴしゃりと言うと、男は観念したようにか細い声で「レ……イジー」と発音しようとした。
しかし、それは到底『R』と呼べるものではなく、「デェイジー」に近かった。
「違う! 全然違うわ!」
彼女の怒声が会場に響く。
「今度はDの番よ。デイジーのD!」
男は涙目になりながら、「デェ……」とまたしても情けない声を出す。
「全然ダメね!」
薬草学の女講師は苛立ちを隠さずに言った。
「貴方は国語教師でありながら、こんな初歩的な発音すら教えられないのかしら?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ」
それまで傍観していた学園長が、わざとらしく優しい声で割って入った。その眼には同情の色など微塵もない。
「ここでは少々場が悪い。婚約者殿は我々が責任を持って指導しましょう。場所を移しませんか?」
薬草学の女講師は一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
「ええ。是非ともお願いしますわ。この無能な元婚約者を一人前にしていただければ」
その言葉はまるで最後通告のようだった。
「当たり前でしょう。無能にこき使われて教師の道を外れる馬鹿は要らないわ」
「うちもねぇ、女生徒と逢引きするようなクズは要らないんだよねぇ」
学園長さんの依頼で撮りましたけど、そのルルー嬢と結構な頻度で遊んだり他の女生徒に粉を掛けていましたらかねぇ。
「では、参りましょうか」
学園長は国語教師の背中を押すように促した。
「ああ、そうだ。移動は不要でしたね。ちょうど良いのがあります」
学園長は指を鳴らすと、国語教師の目の前に一枚の大きな白い壁が出現した。いつの間に準備されていたのだろうか。
「ここで十分でしょう。さあ、始めなさい。まずはRとDの発音の比較から。『レイジー』と『デイジー』を交互に、滑らかに、正確に発音するのだ。終わるまで決して休憩は認めんぞ」
国語教師は藁にも縋る思いで周りを見回したが、誰も助け舟を出す者はいない。むしろ、皆の冷ややかな視線が突き刺さるようだ。
「ほら! 早くしないか!」
学園長の厳しい叱責に追い詰められた男は、ついに観念したように壁に向かって向き直った。
「レ……イジー……デェ……ジー……」
か細く震える声が虚しく壁に吸い込まれる。
「他の者の断罪が控えているので、防音魔法で遮っておこう」
「協力します」
魔塔の魔術師クロヌスと宮廷魔術師が障壁を張った。
「あ、この者達も発声が怪しいので学園長の指導を受けさせてください」
「中々ない機会ですわよ、感謝なさい」
生徒会メンバーもノリノリで生徒たちを壁に立たせた。
「第二王子も本来指導対象だけどねぇ、その辺はメインディッシュだし後だね」
「発音もままならない学生が、その他の教科の学習ができると思うかい?できるわけがない!
基礎を疎かにするから社会の腐敗が進む!
さあ!子供たちにはできないという逃げ道はあっても!君たち大人にはない!
今!!!学び直しなさい!!!!!」
学園長の底冷えするような声が響き渡る。
そんな中、国語教師だけでなく、発声に自信のなかった数名の生徒たちも恐怖に怯えながら壁に向かって同じフレーズを繰り返す羽目になった。
嗚咽混じりの声が混ざることさえ許されない厳格な空間が完成した。
私はその光景を眺めながら、やはり何も言わずタンシチューを持ってきて食べる。美味しいものは美味しい。出来る事なら、果実水でなくワインが欲しい。
まあ、終わったら飲みに行きましょう。




