第十王位継承者と生産元への沙汰
シャルルは呆然とした表情で呟く。まさか自分の計画がここまで的外れだったとは。
廃嫡の言葉が頭をよぎり、シャルルは叫ぶ。
「ならば!!レイジーだ!彼女がいるではないか!!」
「は?」
フロム侯爵は眉をひそめる。
「私には既に婚約者であろうレイジーが居るはずだ!彼女こそが正当な婚約者であり王妃になるべき存在だ!」
「元婚約者と言われているのを気付かないのか、そもそも立太子しておらんだろう、このたわけが」
バーンベルク侯爵が唸る。ついでにシャルル第二王子の頭を鷲掴みにしてミシミシと音を鳴らす。
「お前は最初から何一つ理解していなかったのか?お前のその頭の中には一体何が詰まっている?砂糖菓子か?」
頭蓋骨が軋む音がシャルルに警告を与える。彼は震え上がった。
「ぎゃあああああ」
「おい兄貴。それはちょっとやり過ぎだと思うぞ。まあ確かにそれは俺も思ったんだけど」
「すまぬ。つい……」
「おう……」
侯爵の力加減が緩まり、王子が痛みに悶絶しながら倒れ込む。
「ではレイジー・フロム侯爵令嬢の件はどうなるんだよ!?」
シャルルは悔しさを滲ませながら叫ぶ。
「婚約解消されたとはいえ、彼女こそ真の貴族令嬢ではないか!」
「エルルの前でよく言えたな。お前は王家直系を愚弄したんだぞ」
ヒルベルテが告げる。
「いや……え?」
「お前、側妃の子で王位継承者の序列は十位。挙句に第二王子としての立場を考えずに行動した結果だろ?王妃と王女に対してどんな非礼を働いたと思っているんだ?」
「ふざけるなよ!俺は王族なんだぞ!」
シャルルは激昂し、再び怒鳴った。
「俺の将来設計を邪魔するな!!」
「将来?お前に何があると言うんだ?」
ヒルベルテが問い返すと、シャルルは一瞬言葉を失った。
「当然!王太子になって国を統治するのが俺の夢だ!そのためにレイジーが必要だったんだ!」
「あー……はいはい」
ヒルベルテは冷たく一瞥する。
「まあ、そんなんだったらどうせ続かないだろうけどな」
「貴様ぁ……!!」
シャルルが顔を真っ赤にしてヒルベルテに食いかかる。
「ええい、まだわからないのか?!レイジー嬢はシャルル殿下の元婚約者であったが、疾うの昔に破談となった!!」
騎士団長の大声に王子は衝撃を受け、顔面蒼白になる。
「それどころか、俺はもう元婚約者とは思ってもいない」
フロム小侯爵エイデンが言い放つ。その言葉がシャルル王子に致命的打撃を与えた。
「レイジー・フロム侯爵令嬢は療養中の身ゆえ、今日の催しにも参加できません」
王女エルルが告げた。
「……療養中?」
「貴様の婚約者だったレイジー侯爵令嬢は療養中で不在だ。そして既にお前の無能振りを鑑みて婚約自体無効となっている。知らなかったとは言わせん」
「嘘だ……!」
「嘘なものか。証拠もある」
王太子が一歩前に出て、書類の束を掲げた。
「7か月前の議事録だ。ご丁寧に印まで捺されている」
シャルルの顔が蒼白を通り越し土気色になる。
「お前が『真実の愛を見つけた!』などとほざいて勝手に断罪劇を計画し始めてから、私たち周囲はどれだけ頭を悩ませたことか。無知蒙昧がここまでくると怒りを通り越して哀れみすら覚える」
「そ……そんな……!」
「しかもレイジー侯爵令嬢に至っては、7ヶ月前にシャルルお前との婚姻無効を受理されている」
国王の声が更に追い討ちをかけた。
「そもそも貴殿は自らの婚約者が誰なのかさえ認識していなかったではないか」
「私は……私は……!」
シャルルが錯乱状態で何か言い募ろうとするが言葉にならない。ただ目を見開いて荒い呼吸を繰り返すだけだ。
「思い出してもくれよ」
ヒルベルテがため息交じりに言う。
「7ヶ月前にリカルド王太子が正式に『シャルル王子の無能ゆえレイジー嬢との婚約は無効とする』と宣言したじゃねえか。覚えてねえのか?その記憶力どうなってんだ」
その言葉にシャルルは完全に硬直した。確かに7ヶ月前――レイジーの制服を破いて婚約破棄騒動の際に国王からも臣下からも厳しく叱責された記憶が朧げにあるが……。
「いや、それはデイジー殿でしょう。陛下、駄目です、コレ」
ヒルベルテが頭を振る。流石に自分の婚約が無効になった時期すら覚えていないなんて予想外だったようだ。
「だよなー」
フロム小侯爵も同意した。
「お前の記憶力ではあの程度の重要な情報を保持することさえできないらしいな」
バーンベルク侯爵が呆れ顔で言う。
「それで良くも『レイジーだ!』などと口走れたものだ」
「国王陛下より正式な許可を得て、貴殿の婚約者である我が娘とは既に何の関係もない。それを忘れていたとは嘆かわしい」
フロム侯爵の冷たい視線が突き刺さる。
「そしてお前の浅はかな行動によりフロム侯爵家のみならず、王国全体に対して多大な迷惑と損害を与えた罪は重い」
「では私は……一体……」
「言うな」
王は重々しく口を開いた。その表情には深い失望の色が浮かんでいる。
「お前の無能さと無分別な行動が招いた結果だ。反省すべき点は山ほどあるだろうが、まずは己の過ちを認めろ」
「ひぃっ」
シャルル王子は悲鳴をあげます。
国王陛下は立ち上がり玉座から下りて来てシャルル第二王子の隣にしゃがみこむ。
バーンベルク侯爵が踏んずけていますから。
「――シャルルよ」
「ひゃい」
国王陛下は第二王子に告げました。
「――廃嫡する。前線の娼館送りだ」
「あああああああぁぁぁぁ!!!!」
凄まじい絶叫が会場中に響き渡る。
シャルル第二王子は、自分が廃嫡される可能性について考えてもいなかったらしい。驚愕に目を見開き、言葉にならない声を発しながらその場にへたり込んだ。
「ひぃぃ……!!そんな……冗談じゃない……!!」
「ヴィルヘルム王子の負担にならぬよう、私も前線で貴様らの性根を叩き治してやろう」
バーンベルク侯爵にそう告げられ、蒼白になるシャルル。
あのゴリラみたいなヴィルヘルム王子と、中肉中背なのに異様な馬鹿力を持つバーンベルク侯爵に掘られる妄想が過ぎったらしい。
「いやだぁぁ!!前線送りだけは……!!」
床に崩れ落ちるシャルルを誰も助けようとしない。会場全体が冷ややかな空気に包まれる中、エルル王女がゆっくりと扇子を開いた。
「ヴィルヘルム殿下の前線娼館がそんなにも怖いのですか?」
「そそそそんな!あの巨大な腕で……あんな凶暴な顔つきで……!」
彼が想像するのは筋骨隆々とした巨漢が自分を組み敷く光景だ。もちろん実際は違う。
しかし、馬鹿の相手に疲れたバーンベルク侯爵は面白がってその妄想を否定しない。
むしろ煽るように低く笑う。
「ああ確かにな。前線の娼館では体力勝負だからな」
「ひぃぃ……!!」
バーンベルク侯爵の言葉は単に「前線勤務はハードワークだ」という意味だったが、恐怖に囚われたシャルルには別の意味に聞こえる。
フロム小侯爵エイデンが呆れ顔で声を潜める。
「あいつ馬鹿なの?あの二人はあくまで安全管理担当だぞ」
「兄貴たちは娼館で感染症防止や衛生管理をしているだけなのになぁ」
「教えます?」
「いや、妹やデイジー殿をあらぬ噂で貶めたんだ。…前線に着くまで黙っておこうか」
「それがいい」
どうせ、言っても無駄だろうと生徒会メンバーも頷いた。
泣きべそをかいて連行されるシャルル第二王子と入れ替わるように、正妃に昏倒させられガッチガチに拘束された側妃が連れてこられた。
「側妃ミネルバよ」
「陛下!!わたくしのシャルルちゃんをどうするおつもりですか!!」
「お前にも責任を取ってもらう。息子を甘やかし過ぎた結果がこれだ。この国の未来を脅かしかねない罪は重い」
「そんな……!」
「今日限りで廃妃とする。そして息子と同じく前線の娼館で奉仕しろ」
「わたくしは何もしておりませんわ!!シャルルちゃんが悪いだけで――」
「はい、淑女の皆さん目をつむって耳を塞いでくださいねー」
ミネルバ側妃の甲高い抗弁を遮るように、デイジーが窓へ画面を投影した。その瞬間――
『ああぁ♡閣下ったらぁ……♡こんなところで♡』
『お前の身体はいつまでも若くてな……この肌触り……たまらんぞミネルバよ』
煌びやかな寝室。乱れた寝具。熱烈に絡み合う男女のシルエット。ベッドサイドに置かれた銀髪の鬘が床に落ちる様まで克明に映し出されている。側妃ミネルバの甲高い喘ぎ声と、醜く変貌した宰相――の粘つく低音が交互に響く。
「ひぃっ!?」
ミネルバの喉から引き攣った悲鳴が漏れた。その白磁の顔が一気に紅潮し、続いて蒼白になる。拘束されていてもなお暴れようともがく身体を近衛兵たちが押さえつける。
「これは……何…?あなた……っ!!」
「心眼の補助ですねー」
デイジーは事務的に答えた。
「宰相閣下とあなたの『想い』とやらを視覚化してみただけです。皆さんにもわかりやすく伝えるための工夫ですよ」
「お前……っ!!!」
ミネルバの唇がわななく。視界の隅では夫であった国王がため息をついて額を押さえていた。
「違いますわ!違うんです陛下!これは捏造です!あそこの平民が私を陥れようとして――!」
「これを見せられたエルルの気持ちを考えてくださいませ」
正妃はエルル王女を抱きしめて告げた。
「貴女が妃としての務めを果たしていれば、このような醜態を晒すことも無かったでしょう」
エルル王女は淑女教育も受けて来た貴族令嬢達の前で、この映像を流す事に難色を示していました。ですが、
「側妃である貴方が王子であるシャルル第二王子と国政を疎かにし、陛下を蔑ろにした罰です」
エルル王女に指摘されてしまっては仕方ありません。デイジーも王家に雇われる聖女ですから。
「もうよい、ミネルバよ」
国王が重々しく言った。その声は静かだったが、長年の失望と疲弊を滲ませていた。
「お前は今日限りで王宮から去れ。この不倫現場が真実であることを受け入れろ」
「あっ……あっ……うぅ……」
ミネルバの肩が震え始め、大粒の涙が零れ落ちる。それは羞恥と恐怖の混合液だ。
「ただし――」
国王の鋭い眼光が閃いた。
「『前線の娼館』には行かせぬ」
その宣告に側妃は僅かな安堵を見せたが――続く言葉で完全に凍りつく。
「お前は神の山脈の神殿に閉じ込める。あそこには聖域がある」
神殿と聞いて会場に動揺が走った。ミネルバは蒼白を通り越して土気色になる。
「聖域に何十年幽閉されようと、逃げることも許されぬ」
「ひぃ……!!」
ミネルバの全身から力が抜けた。床にへたり込みながら啜り泣きが響く。
「静粛に!」
王の怒声で場が鎮まる。
「ミネルバ。今日この時を持って側妃の身分を剥奪。生涯神殿にて贖罪せよ」
「お願いです陛下!!どうかお慈悲を……っ!!」
「慈悲はない」
王は断言した。
「国の未来を歪めた罪は重い。この目で見たことだけでも一生をかけて償う必要があろう」
「そっ……そん……な……」
ミネルバは絶叫する体力すら失っていた。ただ涙と嗚咽を垂れ流すだけだ。
「では改めて宣告しよう」
王は笏を掲げた。
「側妃ミネルバは神殿にて永久追放。宰相ギドロン・バルトを解職の上永代追放。庶民となる。シャルルとその一派も同様だ。二度と王室に関わること許さぬ」




