自称ヒロインの退場
「では、レイジー・フロム侯爵令嬢の冤罪は晴れましたね」
「ああ、侯爵令嬢は領地にいて、婚約者のシャルル王子との関係も終わっているからな」
「まだ終わってない!俺の妃はルルーだけだ!!」
「シャルル様ぁ…!」
あ、ヒロイン気取りが復活しましたか。
「はあ……」
エルル殿下が呆れ返ります。そして、国王陛下に向き直り告げました。
話が通じないのでキッチリ生産元かつ上に問題を投げています。
「陛下。――王家に罪人の子を入れるおつもりですか?」
気弱なお姫様でしたが、嫁いで以降はバッサリしていますね。
「エルル王女殿下、聖女デイジー殿。この度は娘の元婚約者の奇行に付き合わせて申し訳ございません。
フロム侯爵家当主が断言します。そのルルーという娘は元妻が詐欺師との間に作った不義の子。フロム家の血筋ではありません」
フロム侯爵の厳しい言葉に、シャルルの顔がみるみる青ざめていく。まるで出来の悪い芝居を見ているかのようだ。
デイジーはアクアパッツァを堪能する。……白身魚に貝や野菜の出汁が効いてこれも美味しい。
「何っ……?!」
シャルルの顔から血の気が引いた。その場にいる全員が息を飲む中、ルルーは蒼白になりながら必死に否定する。
「なに言って……!!シャルル様、騙されないで!?」
「そもそも、義妹を名乗るのに、どうしてレイジー・フロム侯爵令嬢と新聞記者デイジーの顔の区別もつかないのですか」
レイジー侯爵令嬢の友人のジュリアナ公爵令嬢が呆れて告げた。
「だ、だって……」ルルーが震える手で口を覆う。
「愚か者め。レイジー殿に冤罪を被せた後どうするつもりだったのだ?」
「どうせ慰謝料でもせしめるつもりだったのだろう」
バーンベルク侯爵が呆れてルルーに問いかける。だが――
「知らない!私はただレイジーお義姉様に認めて貰いたいから頑張っただけだもの!」
その言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に凍りついた。
「私もフロム侯爵家の一員なのに、虐げられたから…」
目をウルウルさせますが、馬鹿王子以外白けた様子ですね。
「そもそも、レイジーが生まれた以降、父上に子作りは不可能なのです」
フロム小侯爵は父と顔を見合わせ、ハッキリと告げた。
フロム侯爵は過去を回想するように目を細めた。
「レイジーが誕生した年のことだ。南方領地を荒らした巨大魔獣を討伐した際に負傷し……この肉体の一部機能を失ってしまった」
会場が静まり返る。
魔獣の魔障痕が深刻で、それによって男性不妊という。あまりにも酷な事情を公言する事で娘の名誉を守る気概だ。
討伐隊の詳細な報告書はフロム侯爵が持参していた。
「以後、後継者を作ることは医師により断念された。我がフロム家はエイデンとレイジーこの二人が私の血統だ」
その言葉を聞いた瞬間、ルルーが絶句した。顔面から血の気が引いていくのが見て取れた。
「そ、そんなの……嘘よ!お父様がそんなことを認めるはずがない……!」
彼女は甲高い声で叫ぶ。
フロム小侯爵エイデンが冷ややかな視線を向けた。
「君が知っている『お父様』というのは元妻の再婚相手。詐欺のみならず、殺人事件を起こした罪人だろう」
「ち、違……」
「元妻が不義を働いたのは、私が魔獣討伐で負傷中の事だった。
乳母にレイジーを任せ、男たちと遊び歩いていた。
――物心ついたエイデンが家に居てと乞うたが、アレは我が子を突き放して男の元へ行った」
フロム侯爵は拳を握りしめる。ベビーベッドで眠るレイジーの傍で泣き疲れて眠る我が子を思い出し怒りに震える。
エイデンも生まれたばかりの妹を放置し、死の淵に在る父に見向きもしない母親の背中を覚えている。
「あの女は我が爵位を目当てに、私と偽りの婚姻生活を続けていた。
私を酔わせ、夜を共にしたように見せかけ。――私が不妊であることも知らずに、貴方の子が出来たと言われたよ」
その時には既に不貞の証拠を集めており、離婚となった。
重症の夫を放置し托卵した出戻り娘の醜聞は酷く、元妻の生家である伯爵家は没落の一途を辿った。
「ただ生まれただけの君には、罪はないと割り切ろうとした。だが。
――娘の元婚約者である馬鹿王子に取り入り、義姉と呼ばせようとは。
悪いが、君の存在は苦痛でしかない」
フロム侯爵の声は凍りついた会場に響き渡った。
当時は生死の境を彷徨っていたのだ。その絶望的な状態で、家を守るはずの夫人が平然と放置し、不貞行為に及んだという事実は侯爵家にとって最大の恥辱であり、生涯の傷だった。
レイジー侯爵令嬢は、婚約者である第二王子から『お前の義妹だ』とルルーを紹介され、内心パニックになったという。
母だけでなく父も不貞をしたのかと、不安に苛まれたと。
フロム侯爵と兄が戻るまで、食も碌に取れなかったそうなので、栄養失調は馬鹿王子に大いに原因がある。
「そこの馬鹿王子に問うが、何故ルルー嬢をフロム侯爵の娘と解釈した」
バーンベルク侯爵が問うと、お粗末なものだった。
「ルルー嬢はフロム侯爵が愛し合った伯爵家の令嬢の子だって‥‥‥、ルルー嬢の叔父が‥‥‥」
「こいつか」
ヒルベルテがしょっ引いて来たのは、厳重に拘束された面影が何処かルルー嬢に似ているくたびれた男だった。
「そうだ、ルルー嬢の叔父と云う事で、私も支援を‥‥‥」
「話の筋を聞いてこの自称叔父が、ルルー嬢の実父と分からんのか貴様は」
問答無用で第二王子へ足払いを掛けて踏みつけるバーンベルク侯爵。
先ほどの宰相親子への怒りがまだ冷めやらぬようだ。
「え?お父様は、叔父様?」
「この男が貴様の母方の叔父か?」
バーンベルク侯爵が詐欺師の喉笛を掴み、血走った眼で睨みつける。ルルーは蒼白となり、「はい……」と震える声で応えた。
「貴族の証を提示せよ」
詐欺師が懐から取り出したのは、偽造の紋章だった。侯爵が指一本で粉々に砕く。
ルルーは嗚咽しながら頷いた。
「お母様は病気で儚くなって、叔父だって……ずっと……」
「では血の判定を。クロヌス殿にお願いいたしましょう」王妃が静かに命じた。
「血の一滴で出自を判別できるからね」
そう言ってルルー嬢に銀盤を差し出す。彼女は震える手で自らの指先を浅く切り、その雫を落とした。フロム侯爵も同様に血液を提供する。
「お覚悟を」
血に呼応し、銀盤が淡く輝き始める。やがて水面に浮かび上がるのは複雑な紋章。
しかしルルー嬢の血液が触れた瞬間、紋章の中心から亀裂が走り始めた。
「……拒絶反応だね」
魔術師の声は冷厳だった。紋章はみるみる縮小し、最後には小さな黒点となって水面に沈む。真祖の杯に浮かぶのは、もはや何の脈絡もない歪な痕跡のみだった。
続いて、自称叔父。
紋章は彼の血に触れると激しく波打ち、やがて一つの輪郭を描き出した。そこには血の繋がりが親子ほどに濃い事を示す符号が現れた。
「ルルー嬢の『実の父』がこの男で間違いない」
「ルルーは、血の繋がりがない?!」
シャルルが呆然と呟く。杯と魔術師による審判は絶対だ。
ルルー嬢の声は嗄れていた。咄嗟にフロム侯爵へ手を伸ばすが、侯爵令息エイデンが剣で遮った。
「近づくな。不義の子は我が家とは無関係だ」
エイデンの声音には微塵も迷いがなかった。
フロム侯爵が前へ進み出る。
「我々フロム家の悲劇に触れぬこと。ましてや我が子を義妹などと呼ぼうものなら――」
言葉を途中で切ると、彼は深い溜息をつきながら呟いた。
その声には静かな怒りが込められている。
「レイジーとエイデンは我が宝。貴様には一片たりとも渡さん」
その言葉は鋭利な刃物のように冷たく、威厳に満ちていた。
会場内は静寂に包まれる。誰もが彼の怒りに気圧されている様子だ。
「じゃ、じゃあ……お義姉さまは……レイジーは……?」
ルルーの目には涙が溢れていた。しかし侯爵たちは厳しい表情を崩さない。
「貴様の姉上ではない。フロム侯爵家の者ではない。この場から即刻立ち去れ!」
「違う……そんな……私はただ……」
「貴族名を騙った詐欺行為は重大な反逆罪ですよ」
エルル王女が淡々と命じるも、ルルーの様子に思う所があったらしい。
一拍空けてこう告げた。
「――ですが、フロム元侯爵夫人の嫡子への扱いを鑑みて、ルルー嬢の実母や詐欺師である実父が真っ当な教育をしてきたとは思えません。
修道院への幽閉。ルルー嬢の学び次第で監視下の中、社会復帰はどうでしょうか」
エルル王女の修道院幽閉案に対し、フロム侯爵令息エイデンが口を開いた。
「業腹ではありますが……あの母親の元で、まともな価値観を培ってきたとは到底思えません」
彼は眉間に深い皺を刻みながらも冷静に言葉を選ぶ。
「ですが修道院送りで終わりというのも甘すぎる。ルルー嬢の態度次第では――本来の反逆罪相当の罰を与えるべきでしょう」
彼の瞳には怒りが宿っていた。フロム侯爵も深く頷く。
「エイデンの言う通りだ。この場で情状酌量などあり得ぬ」
フロム侯爵の怒りを察してエルル王女殿下が割って入る。
「ルルー嬢。貴女を育てた母とその男の悪行は明らか。
その環境でどれほど歪んだ価値観を植え付けられたかは、想像に難くない」
「そんな……」
「貴女はまだ若い。わたくしは貴女へ更生の機会を与えたいのです。
先ずは学びなさい。無知を恥じ、真の高貴さを学ぶのです。礼儀作法も教養も不足していたでしょう?それを身につける事が償いだと心得なさい」
「‥‥‥お許し頂けるのでしたら、精一杯勉強させて頂きます」
ルルー嬢は俯きつつも声を震わせた。その瞳にはわずかながら希望の光が灯っているように見える。
「その意気や良し。ただし」
エルル王女は扇子でルルーの顔を指した。
「態度次第では、当然のことながら貴女を反逆罪に適用致しますわ。よろしい?」
「は、はい……」
ルルー嬢は怯えた様子で答え、小さく頷いた。その姿には憐憫を誘うものがあった。
エルル王女殿下は続ける。
「フロム侯爵。貴方はこう言っておられた。生まれた子に罪はないと。
――ルルー嬢は本来、平民も受ける学びが欠けております。16歳の少女のいで立ちですが、心は子供のまま。
どうか、彼女に悔恨の機会を。わたくしは罪も分からぬ子供を裁くことが憚られます」
フロム侯爵はしばし瞑目した後、重々しく言った。
「……確かに、この者も我が娘を陥れる一因とはなりました。ですが、今はただ、自らの罪を悟り、償いを求めている」
フロム侯爵は深く息を吐き、ルルー嬢を見つめた。その目には先程までの冷酷さは薄れている。
「三年の猶予を与えます。もし彼女がその間に更生できず再び過ちを犯せば――」
侯爵は一拍置き、宣告した。
「その時は決まり通りに」
「ええ、彼女には誠意ある振る舞いを期待いたしますわ」
エルル王女が微笑むと、フロム侯爵は再び重々しく頷いた。
ルルー嬢は兵に連れられて行ったものの、その背中は憑き物が堕ちたようだった。
「ならば決まりだ」
国王が裁定を下す。
「ルルー嬢は一時的に修道院に幽閉とし、改心次第社会復帰を考慮しよう」
ルルー嬢の実父であった詐欺師は反論しようとしたが、兵士たちに取り押さえられ連行されていった。
一方シャルル第二王子は呆然とした表情で虚空を見つめていた。彼の瞳は焦点が定まっておらず、まるで魂が抜けてしまったかのように見える。
「ああ……私の……ルルーが……」
会場がざわめく。王家直系の血を受け継いでいると信じていた者たちの幻想が粉々に打ち砕かれる瞬間だった。




