「何か、異様に怯える知り合いが来たんだけど」
王妃さまにカーテシーをしていただこうにも、靴が凄い事になっているのでお辞儀にしました。
会場は水を打ったように静まり返る中、デイジーは王妃の怒りが尤もだと理解していた。
ただ女性の敵に対する容赦ない王妃の行動が少し怖いとも感じた。
(まあ、気持ちは分かります)
過去に同じようなことがありましたし、二の轍を踏まない一心なのでしょう。
そんなデイジーの前で王妃が優雅にお辞儀をする。
デイジーは慌ててソーセージにフォークを刺したまま皿をテーブルに置いた。
「聖女様のご助力感謝申し上げます。この者たちへの断罪は陛下と臣民に委ねましょう」
――国王の傍らに王家の影が姿を現した
「宰相宅、書斎にて王位継承者の序列を書き換えた書類、二重帳簿などを確認できました」
その原本を国王に渡し、王家の影は消えた。
「前任の宰相からの報告通りだな」
前任の宰相は高齢かつ病気療養の為退任しました。
戦争後の混乱もあり宰相補佐であった現宰相をその座に置いたが、前任の宰相やエルル王女の忠告もあったので監視下に置いていたそうです。
宰相の顔が土気色に変わった。額に脂汗が滲み、唇が震える。彼は必死に言葉を探そうとしたが、口から出るのは無意味な呻きだけだった。
「そ、そんな証拠は――」
「黙れ」
国王の低く重い声が響く。それは玉座から発せられた絶対的な宣告だった。
「書類だけでなく、映像記録も残っている」
国王が手にする水晶板に宰相の自室の映像が再び映し出された。宰相がペンを執り、次々と王位継承者の名を書き換えていく。
自らの息子を王太子に据え、エルルやヒルベルテを排斥する。その傍らには宰相家特有の印鑑――公印が置かれている。
「これは我が国の行政機関で使われる正式な認印だ」
「お前の行いは国家転覆罪に等しい」
ラウルもまた床に転がりながら痙攣していた。
エルル王女のオリーブグリーンに輝く瞳が冷ややかに男たちを見下ろす。
「あなたの心の声は嘘をつけません。『出来損ないの王女』とわたくしを罵り、『王位簒奪』を企んだ。全て見えておりますわ」
宰相は唾を飛ばしながら喚く。
「ふざけるな!鏡だの『心眼』などと……。くだらん与太話を信じる者がどこにいる!」
エルルは静かに首を振った。
「この国において最も権威ある存在――国王陛下とその側近たちはご覧になったのです。しかも『王家の影』が物的証拠まで押さえた。認めるしかありませんよ?」
宰相が憎々しげに吐き捨てる。
「侯爵風情に降嫁した『出来損ないの王女』が!高々心の声なぞ読み取れるから何だというのだ!?」
次の瞬間――。
バーンベルク侯爵の拳が宰相に迫った。
その眼光は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、血管が浮き出た右拳が轟音と共に振り上げられる。
「お義兄様!」
エルルの声が鋭く割り込む。同時に彼女の夫の手が侯爵の腕を掴んでいた。
侯爵の拳は宰相の顔面寸前で止まった。
「……」
「どうか抑えてくださいませ。お義兄様のお気持ちだけで十分です」
義妹や弟を侮辱されたバーンベルク侯爵の形相は凄まじく、宰相は恐怖で失禁していた。
「ふざけるなぁああっ!!」
突如、宰相の息子ラウルが血走った目でデイジーを睨みつける。
「貴様が余計な真似をしなければ!全部計画通りだったものを!」
デイジーはタンシチューにバケットを沁み込ませパク付きながら思案する。
――あぁ、もうこの人達は……本当に諦めが悪いんですねぇ。
「鏡の聖女などと祭り上げられて調子に乗るな!」
ラウルが絶叫しながら攻撃魔法を唱えてくる。
玉を潰された衝撃で立てないようですね。
「ほい」
デイジーの頓狂な声とともに、ラウルは床にパタンと倒れた。
鏡の加護でラウルの眼球の水晶体を介し、ありとあらゆる風景を爆速で見せています。
「何だ、視界が!?うおええぇぇえええ‥‥‥」
普通に立ってはいられませんし、酔いますね。彼は平衡感覚を失ってぐにゃりと倒れ込んだ。
いや、感謝してくださいよ?
護身用に殺意をそのまま返すアミュレットを持っているので。
あれ、自動発動ですし、何だったら今頃、殺意の分だけご自身で体験していますからね?
「宰相……いや、元宰相とその一族の罪は明らかだ。我が国庫を狙い、王家の血筋を穢し、学園の秩序を乱した。よって――」
国王の声が厳かに響く。
「『王位簒奪未遂』の罪で全財産の没収、永続的な公職追放、首謀者の首級を撥ね一族郎党を含む奴隷刑と定める」
「な……何故……」
「国庫を食い潰される前に自滅してくれて良かったわ」
王妃殿下とエルル王女が皮肉めいた微笑を浮かべる。
「王家は貴方の悪行に早い段階で気づいていた。だが確実な証拠が乏しく保留していたところでした。今宵ようやく――裁ける」
「馬鹿な……」
彼の唇がわななく。かつて兄の婚約者候補だったエルル王女への憎悪と侮蔑が渦巻いていた。
「国王陛下、フロム侯爵閣下」
エルル王女がそんな視線を意に介さず告げた。
「フロム侯爵閣下に至っては、ご息女を謂れなき罪で中傷され、お怒りは深いと存じます。
わたくしへの不敬罪と国家転覆未遂。この男の首級を刎ねるべきかと思われます」
静かな声音で王女は続ける。
「――ですが、此処は学生たちが社会へと踏み出す卒業パーティー。祝宴の場。
父子揃って前線の娼館送りが温情でしょうか」
ちなみにその前線は、犯罪集団ベリオドールとの国境沿いです。
私もあそこに行くときは物凄く緊張しますね、気を抜いたら骨になりますから。
「グリンホルン共和国との境ですね。なるほど」
「ええ、あの方が娼館の管理もしておりますので、拘束も問題無いかと」
何か、宰相親子ガタガタ震えていますね。無駄に地位が高い所為か、誰がいるか分かったらしくて、妙な妄想に囚われています。
ちなみに、遠隔外交中のアーチバルド王子も加勢しています。
『あ、前線にはヴィルがいるからね。会ったらよろしく言っといて?
今回の事を聞いたら凄いだろうねー』
「騎士団長の息子ダミアン殿も前線の娼館送りになりますが」
エルル王女が優雅に続けた。
「実はその前線には、以前交流した隣国の第三王子ヴィルヘルム・グリンホルン閣下がいらっしゃいます」
その瞬間──
宰相と息子ラウルの顔面から血の気が引いた。
ダミアンは騎士団長の息子でありながら、シャルル第二王子と同じように学園内で威張り散らす貴族令息の一人だった。
それが出来ない暗黒の時代があった。
グリンホルン共和国第三王子ヴィルヘルムの鉄拳制裁で、息を潜めるしかない時代が。
前線の娼館送りという刑は軽い罰に聞こえるかもしれないが、その実態は──
「ま、待て……」
宰相の歯がカチカチと鳴る。
手は無意識に自分の尻を隠すような動きをしていた。
「ヴィルヘルム……あの体格で剛力の……」
王妃は優雅に扇を広げ、嘲笑を含んだ声で宣告した。
「子種は無くとも役には立つでしょう。
娼館で『道具』として使い潰されるのは、お前たちがフロム侯爵令嬢に課した運命と同じことでしょう」
宰相が蒼白になって喘いだ。
「陛下……王妃様……!どうか……!」
その声は震えて聞き取れない。ラウルは目を剥き、床に蹲って絶望に打ちひしがれていた。
「隣国のヴィルヘルム第三王子は剛力無双。剣術は鬼神のごとき勇猛果敢ささ」
騎士団長が口角を歪める。
「貴族の息子どもに噂を流すのに忙しかったダミアンめも、奴の前では尻尾を巻いて逃げ出す始末。……なあ?」
ダミアン騎士団長の息子が顔を引きつらせて俯いた。
「嘘……じゃありません。あの鍛え上げられた肉体……鋼のような拳……」
エルル王女は静かに微笑んだ。
「騎士団長殿のお子様も共に前線へ赴けば宜しいでしょう。仲良く『ご利用』される姿はさぞ微笑ましいことと存じます」
その声には姉のような慈愛さえ漂っていたが、内容は全く容赦がない。
ラウルは蒼白になりながら言葉を繋げた。
「第三王子殿下……前線では男娼の扱いも管理しているとか………それって……」
彼らの頭の中で淫靡な妄想が膨らむ。
190cmを超える屈強な肉体を持つ王子が、純粋な管理欲求から彼らの尻を――
「ひぃっ!!!!」
親子揃って腰砕けになる。
「怖い!!」「アレが初めての体験が!!」と震える宰相とラウルの悲鳴が混ざり合う。
いや、本人は男娼の類に疎いですけどね。兵士の性欲管理も仕事だそうなので、そういった業務も真面目に取り組んでいますけど。
というか、それどころじゃないでしょうし、下衆の勘繰りとはこの事でしょう。
「落ち着きなさい!」
エルル王女が扇子をパチンと鳴らす。
「前線での反省を促す措置ですよ。決して性的虐待ではありません。おそらく」
「おそらくって何だあああ!!!」
宰相父子が同時に叫ぶ。
エルルは冷ややかに告げる。
「あなたのような卑劣漢には前線の娼館で永遠に反省してもらいましょうか。それが民への償いにもなるでしょう」
ラウルは絶望的な表情で呻いた。
「お願いします……助けてください……どうか……」
「これ以上見苦しい真似はするな」
国王陛下が重々しく告げる。
「連れて行け」
兵士たちによって宰相とラウルは連れ去られていった。その後ろ姿にはかつての傲慢さは微塵も残っていない。
ただ哀れな敗者の姿がそこにあった。
それを見送った後、前任の老宰相がひょっこり出て来ました。
「おやおや、私が一喝しようと思いましたが、王女殿下に奪われてしまいました」
成長しましたなぁ、とニコニコしています。
「全く。ヴィルヘルム殿下は戦線の管理をしているだけ。ベリオドールとの交渉や兵の性病対策に尽力しておられるだけというのに。
悪評の噂を撒いた本人が噂に惑わされるなんて、滑稽です事」
エルル王女の発言に王妃が口を挟みました。
「ええ。ヴィルヘルム殿下は筋肉質なだけの誠実な方ですよ」
エルル殿下夫妻と王妃様は頷き合っております。
「第三王子だからとヴィルヘルム王子に殴りかかって、騎士団長の息子様……あまりの硬い筋肉で腕をひねったそうですわよ」
ジュリアナ公爵令嬢はこっそり教えてくれました。
むしろ、本人に謝られ、医務室に連れていかれたという。…お姫様抱っこで。
その純粋さが今の騎士団長の息子ダミアンのトラウマとなっていたみたいです。
前任の老宰相が咳払いをしてエルルを見据えた。
「噂を流した者は裁かれましたな。とはいえ姫様」
皺の多い目を細めながら彼は扇子をぱちりと鳴らす。
「噂をまた利用するのも如何なものかと思いますぞ? あの若造が自らの撒いた種に苦しむ姿は少しばかり愉快でしたが」
エルルのオリーブグリーンの瞳が瞬きする。
「もちろん承知しております。ですが悪意の報復は悪意に終わってはなりません」
彼女は静かに頷いた。
「前線での真面目な労働を彼らに示すためには、多少の脚色は必要だったのです」
「ふむ」
老宰相は髭を撫でながら苦笑いした。
「姫様は計算高くなられた。それにしても……噂の主が自分の撒いた種に刈られるとは因果なものですな」
エルルの唇に微かな笑みが浮かぶ。
「わたくしはあくまで噂を『調整』しただけですわ。あの愚か者たちが勝手に想像を肥大させていただけですもの」
彼女の言葉に会場の貴族たちが静かに息を飲む。エルルの『調整』とはすなわち――噂の出どころを操作すること。あるいは意図的に歪められた情報の広がりをコントロールすることだ。
「しかしですね」老宰相が指摘する。
「ヴィルヘルム王子は実際には……」
「存じております」エルルは断固とした口調で遮った。
「ヴィルヘルム殿下は温厚な人柄で、わたくしの夫の大切な友人。女生徒らには学園食堂で『お婿さんにしたい男子生徒の第一位』に選ばれたと聞き及んでいますわ」
『流石ヴィル、そちらの国の民たちも見る目がありますね』
アーチバルド王子は相変わらず弟大好きみたいですね。
「本当ですよ」「ヴィルヘルム王子は本当素敵ですから」
女子生徒たちがうっとりしています。
ちなみに、男子生徒からは『ああなりたい男性第一位』だそうです。
「ちなみに第二位は生徒会長です!」
「キャー!」
「おいおい……」
生徒会長が照れくさそうに頭を掻いているのを見て、ヒルベルテが苦笑する。
「まぁ、確かに。剣術大会でヴィルヘルム王子に連敗記録更新しているもんな」
「言うなよ!」
生徒会長が慌てて訂正する。
「あと少しで勝てるところまで来ているんだから!」
女子生徒たちがきゃー!と歓声を上げる。
「二人とも素敵!」
その盛り上がりを見ながら、バーンベルク侯爵は額に手を当てた。
「やれやれ。前線送りにしても奴らを簡単に楽しませる訳にはいかん。軍規は厳格に守らせねば」
エルルは扇子を畳みながら答える。
「もちろんですわ。腐敗した輩には相応の対応が必要ですからね」
老宰相が微笑む。
「確かに。姫様の若き日は宮廷内の陰謀に翻弄されておりましたが……立派に成長なされました」
エルルの唇に誇らしげな微笑が浮かんだ。
ふと、私はテーブルの上に置かれた果実水に気を取られた。一口飲めば、シュワシュワとした飲み心地。美味しくて幸せです。
「あー生き返りますねぇ」
「おー、良かったな。聖女の恵みって体で、あそこで発声練習中の連中にも振る舞うってよ」
あ、まだやっているんですね。流石に学園長はお疲れなのか、他の教師が代行中ですけど。…っていうか、定規で国語教師の尻をぶっ叩いていますね、あの方。
編集長曰く、あの外国語教師の方は薬草学の講師に密かに片想いしていたそうで、私怨が半端ないそうです。
まあ、私は食べかけのソーセージに齧りついて、次の断罪者を待つとしましょう。
「えっ、あいつらの言っている意味は分からないが、無理矢理はダメだろ?しないって」
「大丈夫です王子。ウチでちゃんと教育しますから」
「おう、必要な物資があれば言ってくれ。あくまで合法なものだぞー」




