3 エリー先生
エリー先生は六十九歳のお年寄りだ。
先生が住んでいるのは、男爵家のマナーハウス。
父様のおばあさまが住んでいた小さな隠居屋敷で、以前はおばあさまの話し相手をしていた。
おばあさまが亡くなり、そのままそこに住んでもらっていた。
元は伯爵令嬢だったけど、伯爵が問題を起こしてお取り潰しになって、路頭に迷っていたところを、おばあさまが助けて上げたんだという。
エリー先生は私にコッソリ教えてくれる。
「昔、レイクシャー男爵が私に求婚なさったこともあったのよ」
え! 衝撃の告白。
領地がすぐ傍で幼い時はよく遊んだものだったと、先生は懐かしそうに目を細める。その後先生は「ほ、ほ、ほ」と笑って誤魔化していたけど。
伯爵家と男爵では、叶わぬ恋だったんだろうな。
エリー先生は、おっとりしているようで、結構厳しい。
細い木の枝を右手に持ち、左手にパシッと打ち付けながら私の所作を観察する。
「シャルロット。いけません。何ですかその座り方。膝をきちんとくっ付けて座りなさい」
「はい……」
エリー先生から教わることは、行儀見習いとダンス。そして歌だ。
ピアノや絵も習ったけど、私には適性がないと言われ、今は発声を主に習っている。
先生はこうも言う。
「シャルロットは、この頃ずいぶん成長しましたね。以前は甘やかされて、失礼なことを平気で口にしていましたよ」
そうなのだ。私は、年取った両親が甘やかし放題に甘やかして、我が儘な子供だった。
誰からも「かわいい」と言われ、なにをしても叱られなかった。
先生も眉間にしわを寄せて首を振っていたのだ。
今は分かるようになった。
モンモが私に与えられ、皆が私の顔を直視しなくなって、一時期すごく落ち込んでいた。
でも、モンモと話ができるようになり、ふんわかしたモンモを撫でているうちにふと、気が付いたのだ。
「あの時、精霊様に酷いことを言ったのに、可愛いモンモをくれた。私って失礼で、我が儘でダメな子だった」
男爵家には跡継ぎとなるのは、内向きでは私と言う事にはなっているけど、実は正式な候補が他にいる。
表向きには、王都にいる親戚の男爵家の次男が次代に決まっているそうだ。
次男といっても三十五歳で私と同じ年頃の子供もいる。
たまにここへ偵察に来る嫌なやつだ。
「ここの頭首が亡くなれば、シャルロットを私の息子に娶せる事が決まっている。何れはここは私が継いで、そして私の息子がそれを継ぐ」
目の前にいる私を無視して、大声で独り言を言う変な叔父さんだ。
家具をさわり、柱を撫で、絨毯の踏み心地を確認して帰っていく。
「変な人。うちは裕福でないから、大した家具はないのに」
あとでエリー先生から聞いた話では、あの男爵家も貧乏で、次男は軍隊へ行かされたそうだ。
彼には自分の家がない。貸家に住んでいるそうだと教えてくれた。
嫌なヤツのことは頭からぽいっとする。
私はまだ十一歳だし、結婚なんてまだ先だ。あの変な叔父さんの息子の嫁にはなりたくないけど……その時はその時だ。
私にはモンモがいるし。
そうやって日々を過ごすうち、私が十二歳の夏、お父様が、倒れられた……。
領地経営は、執事やその他の者がいるから何とかなると高を括っていたが、大事な決定や貴族同士の取り決めなんかは、お父様でなければダメだった。
あの嫌みな叔父様が家に乗り込んできて、仕切り始めた。
身体が不自由になってしまったお父様。
気落ちして気力がなくなってしまったお母様。
一年もしないうち、両親は他界してしまい、私はエリー先生と一緒のマナーハウスに追いやられてしまった。
私の婚約者となる筈だった従兄弟は私の鼻いぼを見て、
「絶対、こいつとは結婚したくない」
と言ったからだ。
「エリー先生。これからどうしたらいいのでしょう」
私達は今、窮地に立たされている。
十三歳になった私は、どこかの修道院へやられようとしていた。
高齢のエリー先生も、この頃身体の調子が思わしくない。
先生は手紙をしたため私に手渡す。
「私も長くはないでしょう。これを持ってフォグリッジ公爵家へ行きなさい。あそこの元公爵夫人と私は懇意にしていた。きっと助けてくれるでしょう」
その後二ヶ月してエリー先生も亡くなられてしまった。
「モンモ、ここを出よう。修道院へ行ったらモンモは、ずっと私の鼻のいぼのままだわ」
《早く、ここを出ようよ。きっと良い事が待っている》
私は荷物をまとめ、小さなボストンバックを抱えてマナーハウスを抜け出した。
「まずは泉の精霊にご挨拶してから、ここを出なくっちゃ」
泉の精霊に、いつものように祈りを捧げそしてこれからのこともお話しする。
「泉の精霊様……もうここへは来ることが出来なくなりました。今までありがとうございました」
するとここへ来て二度目の奇跡が現れた。
泉の水が泡立ち、精霊が姿を現したのだ。
《まあ、可哀想に……あの優しい男爵も亡くなっていたなんて……いいわ、あなたに加護を授けます。その妖精に変えて、新しい加護を……》
「いや! モンモはこのままでいい! 勝手に変えないで。さようなら」
私は大事な鼻いぼを、手でしっかり覆い隠して走り去った。
*****
あらあら、せっかく加護を変えてくれるというのに。お馬鹿な子。
ほら、また精霊がピクピクしていますよ。鼻いぼ姫。
「そうなの。でも加護は差し上げますとも」
走り去っていく鼻いぼ姫が、なんだかピカッとしましたね。
今度はどんな”災難”が降りかかったのでしょうねぇ。
くわばらくわばら……。




