17 王妃と大奥様とエリー先生
王都に着いた私と大奥様は、真っすぐ王宮へ向かった。
大奥様は堂々と王宮内を闊歩する。
その後ろを、小さく縮こまった私がちょこちょこ付いていく。
「シャルロット。背筋を伸ばしなさい! これから、一芝居打つのです。そんな自信なさげでは叶うものも叶いません」
「はいっ!」
私は相変わらず男の恰好のままだ。
ただ、大奥様の側近の制服を着せられていた。
王宮の奥まった部屋に通された。王族の個人的な生活空間なのだという。
大奥様の後ろに控え小一時間ほどすると、七十代の女性が入ってきた。
「まあ、これは珍しい、どう言う風の吹き回しかしら、マーガレット」
「王妃、ご無沙汰しております」
この国の王は七十二歳。王妃は六十九歳と聞いた。
この方のご主人、皇様には四人の妃がいてそれぞれ子をもうけていた。
ヘンリー王子は第四妃の子供だった。
妃は三十五歳だそうだから、王様とは四十歳近くも年が離れていることになる。
ここに来る前、大奥様から王妃との、並々ならぬ因縁を聞かされていた私は、つい王妃の顔をじっと見つめてしまった。
王妃は元は平民だったそうだ。
大奥様はクライシス公爵令嬢で、王の婚約者だったそうだ。
だが、この王妃が王を奪ってしまった。
大奥様は、その後フォグリッジ公爵領へ嫁いだ。
なんだかすごい話だった。
「デリーナ、今更取り繕っても仕方がないわ、昔のように呼び合いましょう」
「ええ、マーガレット。エリーと三人でよく恋バナしたわね」
「ふ、ふ。あなたは王子をものにした。私を蹴落として」
「なにを言うの、真実の愛に目覚めた王が私を選んだ。そうでしょう?」
「真実の愛が、さらに四人もいたとは驚きですわね」
「……ぐぬぬ」
大奥様は「フ、フ」っと微笑み優しく手を差し伸べ、王妃の手を撫でた。
「あなたには真実の愛、だったのでしょう。でも貴族はそういう訳にはいかない。今なら理解できるでしょう?」
「……ええ、政治がそうさせてしまう……」
国は政略結婚でなり立つと言っても過言ではない。
事実、ヘンリー王子の母親もそうなのだから。
「エリーは? 一緒には来なかったの」
「エリーはなくなっていた。私もつい先頃知らされたのよ」
「……そう。あれほど手を差し伸べようとしたのに、彼女は一人で生きて行くと言っていた。優しくて強いエリー……」王妃たちとも懇意だったなんて、エリー先生、何も言ってくれなかった。
「いえ、エリーは幸せだったのよ。昔好きだった人の傍で一緒にいられたのだから」
――ええーーっ! お父様が、好きだったの? エリー先生。
そう言えば、エリー先生に昔お父様が求婚して断られた経緯があった。
エリー先生は面白おかしく話してくれたけど……あれは、エリー先生の美しく悲しい青春だったのだ。
身分差がありすぎて結婚出来なかった先生。
身分差を覆して結婚した王妃。
この三人の老女にも、キラキラと輝く若かりし日が、確かにあったのだ。
私は大奥様の後ろで、おいおいと泣いていた。
エリー先生を思い、お父様やお母様を思い出しやるせない思いを、今、気付いたのだ。
「あら、あなたの従者変わったいぼを持っている。加護……かしら」
「そうなの、この子エリーの教え子。レイクシャーの忘れ形見よ」
「でも、確か姫一人しかいなかったと聞いたわ」
「そうよ、この子は女の子。このいぼのせいで男性に身をやつしているの」
老女たちが私に注目した。身の置き場がなくなりもじもじしてしまう。
――モンモ、今だけでいいから、姿を見せてくれないかしら……。
その後、老女たちは顔を寄せ合って何やらコソコソ話始めた。
よく聞こえない。私はぼんやりと、おばあさまがエリー先生と一緒に住んでいた理由を思い出していた。
『おばあさまは、エリー先生の気持ちを知っていたのね』
「さあ、準備が整ったわ、シャルロット、行くわよ!」
突然大奥様は立ち上がり私をどこかに連れ出した。
フォグリッジ公爵のタウンハウスへ行き、私はメイドたちによって体中を磨かれドレスを誂えることとなった。
何がどうなったのかまったく分からない。あれよあれよという間に、再び王宮へと来ることになってしまったのだ。
私は鏡を見せられたが、やはりいぼしか見えない。
王宮へ着くと、謁見の間に通された。
王様とお妃様が目の前に座っている。
王に正式なお辞儀をして控えていると、王妃から声がかかった。
「あなたの妖精はなんという名前? 名前、あるのでしょう?」
「はい、この肩に乗っているのがジイで、いぼに変装しているのがモンモです」
モンモはフルリと震え、益々私にしがみついた。
王妃が椅子から立ち上がり私の傍に寄り添うように腰をかがめた。
王妃様はいぼに顔を近づけ、そっと息を吹きかけた。
モンモがポロリと床に落ちた。
「も、モンモーッ!」
「慌てなくてもいいの。気を失っているだけよ。私にも加護があるのよ。呪いを解くという加護がね」
王妃様によれば、呪いは私ではなく、モンモに掛かっていたという。
「では、ジイも? 呪いが掛かっているから口が悪いのですか?」
「いえ、それは生まれつきのようです……」
《なんじゃとーッ!》
「さて、これからが本題です。さあ、王よ、決断して下さいまし!」
王妃は王様よりも強そうだ……。
「え、ウッホン。そうであったな。ではシャルロット・レイクシャー男爵令嬢に子爵位を叙す。その加護を王国の誉れとし、ここに敬意を表わす」
そして王妃からさらに驚く提案をされた。
「実は、第五王子の婚約者が、中々決まらなくて困っていると、フォグリッジ公爵から泣きつかれております。あなたにその婚約者となってもらいます。その代わり、困窮しているレイクシャーの領地は、あなたの持参金としてこちらで管理をしましょう。断りは受け付けませんよ。これは決定事項です」




