13 ノルドウィンの文化
ここはノルドウィンでしたわねぇ。
嫁をかっさらって、無理矢理結婚させて敵対部族を取り込む、という昔から行われてきた、古い古い習わしがありますよ。
さてさて、王子様、どう切り抜けますか?
フフ、鼻いぼ姫も、気が気でなくなりますねぇ。
*****
王子が起き上がり、水を飲む。そして徐にお爺さまに切出した。
「お爺さま。これは一体どう言うことですか。私は戦いに加勢しに参ったのですが」
「ふん、其方のへぼい兵など、鼻からあてになどしておらん。其方をここに呼ぶための策に決まっておろう」
「……そうでしたか、では私は帰らせていただきます」
「馬鹿を申すな。其方、嫁が逃げてしまったそうではないか。聞き及んでおるぞ。丁度いいではないか。あんな公爵領などいらん。王子など捨ててしまえ。其方はここのクランを引き継げばいい」
王子様の目が細くなりお爺さまをじーっと睨んでいる。
お爺さまはサッと目を反らした。
あれ? 怖そうなお爺さまが押されているような……。
私はそそくさと王子の側へ行き、着替えを手伝った。
「ロット、帰りの支度をしておきなさい。傭兵たちにも伝えてくれ」
王子がきっぱりと指示を出すと、お爺さまは慌てだした。
「ま、待て、そ、そうじゃ。少し早急すぎた。まずは候補の女を見てからにしろ。其方が連れて参った傭兵どもも、今宵は一緒に夕餉を取らせよう」
そう言ってサッサと逃げるように部屋から出て行ってしまった。
お爺さまが出て行ったあと、王子はフーッと息を吐き出し項垂れた。
「まったく、困ったお爺さまだ。あんなに気を揉んだ私は一体何だったのだ。まるで道化ではないか。」
声は荒げていないが、腹の底から響くような低い声で言う。
「あの、でも、せっかくお嫁さんを探してきたんだから、会うだけでも会ってみればどうですか?」
「そうはいかんのだ。私はオルダーウィン国の王子だ。北の高地から嫁を迎えれば、脅威に思われてしまう」
そういう事情もあるのか……なるほど。
「では攫われてきたお姫様はどうなるんでしょう」
「……困ったな。このままでは、ずるずると娶わされてしまうかもしれん」
……??? どうやって――なし崩しにということは……!
「夜は気を付けねばならん。何とか早く公爵領へ戻らねば……」
ブツブツと独り言を言う王子を尻目に、私は部屋の中を片付けていく。
しばらくすると、階下からとんでもなくいい匂いがしてきた。
「これって、子羊の丸焼きの臭い!」
王子と降りていくと、大勢の男たちが巨大なテーブルに座っていた。四十人はいそうだ。
その奥の広く取られた場所には、床に座った傭兵たちがクランの若者たちと一緒に酒を酌み交わしている。
テーブルには子羊の丸焼きが五頭、デンと乗せられ、酒の樽や、スコーン、果物が入った籠、まめを煮込んだスープなど盛りだくさんの食べ物が所狭しと置かれている。
クランの女たちが、引っ切り無しに厨房から運んで来たり、酒を汲んで回ったりしていた。
男たちは小刀を持ち、子羊を銘々切り取り、そのまま口に運んでいる。
クランチーフの隣には年老いた女の人がいて、お爺さまから食べ物を切り取ってもらっているので、多分奥方様だろう。
「おうおう、やっとお出ましだな。皆のもの、ヘンリーじゃ」
酒を飲んで気が緩んでいた男たちは、やんやとはやし立て豪快に叫び出す。
「若様! クランの若様!」
王子はそれに答えるそぶりを見せずに、スタスタとお爺さまの隣に座る老婦人に近づいて行ってその頬に優しく口づけた。
「おばあさま、お久しぶりです」
「大きくなりましたね。以前あったときは三歳、でした」
「はい、よく覚えております。お変わりなく」
「ふ、ふ、変わりましたとも。すっかりおばあさんですよ。さあ、ここにお座りなさい」
王子は皆から絶えず酒を汲まれている。
後ろで見ていた私には分かる。王子は呑むふりをして静かに床に流していた。
そして宴もたけなわ、件の攫われてきた姫様が登場した。
姫は俯き加減解表情は分からなかったが、どう見ても十代の初めくらいの子供だった。
「私と同じくらい……」
王子はふらつく足で立ち上がり私に言う。
「もう暇乞いをする」
私は王子を支えるふりをして二階へ行った。
部屋へ入るや否や、王子は私にベッドで寝ているように言う。
「え、何でですか」
「私は……ここから逃げる。其方は好きにしてよい。あの姫を娶ってもよいぞ」
そう言って窓からひょいと身を乗り出して、逃げて行ってしまった。
「ちょっと! 逃げるなんて卑怯よ!」
仕方なくベッドへ上がり、しばらく待っている。毛布を頭から被るのは忘れない。
私は一応従者だ。王子の言いつけ通りしなければならないのだから。
階下から、どやどやと複数の足音がして、この部屋目がけてくるのが分かる。
訳の分からないはやし立てる声。そして扉が開かれ、ベッドに何かが置かれた。
そっと毛布を避けてみると、あの少女が寝かされていた。
周りにはグルリと男たちがいてじーっと見ている。
――これ、どう言う状況なの!
何も出来ずにオロオロしていると、また、階下から大声で怒鳴る声が聞こえてきた。
「「「卑怯者のクランの馬鹿者ども、姫を返せーー!!!」」」
男たちは腰に差した剣に手を掛け、今度は階下へと一斉に走り出した。
下では争う音がしている。
ブルブルと震える姫を宥めながら、私はじっと聞き耳をたてていた。
「大丈夫。きっとあなたも無事に逃げられる。私に任せて」
「……あなたが、若様なの?」
「……」
その時、ジイが飛んできて、
《若様ではないぞ。鼻いぼじゃ》
どうでもいいことを言ってきた。本当に厄介な鳥だ!
「鼻いぼってこれのこと?」
「うん、変でしょ」
「これって精霊の加護……なんでしょ。私にもあるもの」
そう言って服をはだけて、胸元を開いて見せてくれる。
彼女の心臓がある辺りには、赤い火傷のような跡があった。
「加護って、火傷?」
「ううん、火の精霊に付けられた印よ。これは、火起こしができるものなの」
「へえ、便利だね。私のは浄化や、治癒ができる妖精。すごいでしょう」
「すごいね」
二人できゃっきゃっしていると、男が飛び込んで来た。
「貴様ー! ああっ! 最早……これまでか……」
その男に向かって胸をはだけた少女は、嬉しそうに声を掛けた。
「お兄様」




