第75話:九四式拳銃
「出立が遅れましたが、なんとか日が暮れる前にランツァウには入れましたね」
ミレニアが教えてくれる、先ほど通り過ぎた道標がランツァウに入ったことを示していたらしい。
既に空は茜色に染まり、遠くの山々が黒く浮かび上がっている。
ランツァウ領は山々に囲まれた、自然豊かな領らしく、立地的には王都にほど近い位置にある。
ブライドル王国を構成する最古参の王国構成部族と言われている。
そのため王家との血縁も繋がりも強い公爵家であった。
「入れたのは良いのですが、まだ縁ですわ。領都まではまだまだ遠いのですわよ」
フェリシティが疲れた声を出す。
「どうしますか?もう少し行けば町もありそうですが、小さい町くらいだと野宿のほうが安全かもしれません」
「水場が有れば、この辺で野宿に致しましょう」
私はそうこたえた。
通信によって刺客を町に配される可能性を考えると、何もないところのほうが安全に思える。
伯爵からの命を狙われているという言葉が、私に警戒心を憶えさせていた。
「今になってやっと理解されるのがとても貴方らしいですわ」
「お言葉ですが、フェリシティ様も同じだと思います。どちらかというとフェリシティ様は捕縛目的で来そうですが」
「そうですわね。気をつけますわ」
フェリシティの場合、人質にしたほうが利用価値が高いのだろう。私は暗殺で…
「私、そんなに悪いことしたかしら?」
「「……」」
「無言で首を振るのはやめて。お願い」
***
清流の流れる小さな川を街道脇に見つけることができた。
側車の後ろに括り付けた荷物から簡易なテントを引っ張り出してキャンプを張る。
全てテキパキとミレニアがやってくれた。
既に辺りは暗くなり。川面が月と星明かりで眩く輝いていた。
食事の時だけ火を焚くことにする。
追っ手がかかっていた場合や、野盗、森の獣の中にも火に寄ってくるものもいるためだ。
伯爵に渡された、パンや果物と身体を温めるために固形スープを沸かしたお湯で溶かしていただく。
味云々より、フェリシティとミレニアと一緒に外で火を囲んで摂る食事というのが嬉しい。
「水浴びはいかがいたしますか?」
「流石にここでは…」
月明かりだけとはいえ、流石に肌を晒す気にはならなかった……
とはいえ、流石にこのまま眠るにはドロドロで気持ち悪すぎた。濡らしたタオルで露出したところだけを拭う。
さて寝ましょうかというところで、ミレニアが荷物をゴソゴソし始めた。
「お嬢様、フェリシティ様これを」
そういって、20センチ弱の黒い金属の塊を渡してくる。
「九四式拳銃?」
ズシリと重い金属の塊は、殺傷能力のある小型の銃だった。
「この銃には欠陥があって左右に衝撃や圧力がかかると暴発する可能性があるので、ご注意ください」
「え、え、え、なんで今こんなものを?」
「…私としても心苦しいのですが、伯爵様の話で想像以上にランツァウの状況が悪化していると感じました」
「そうね、受け取っておきますわ」
フェリシティが両手のひらに載せられた九四式拳銃のグリップを握り持ちそういった。
「フェリシティ?」
「スフィア。これはね、ひとを殺めるための道具だけど。同時に貴方とミレニアを守るための道具にもなるのよ…撃てるかは別だけど」
「フェリシティ…」
「それとね、いざというときのためよ。
貴方にもわかりますわよね?」
私は頷いた。
貴族令嬢として生まれた覚悟。
敵に捕まり辱めを受けるわけにはいかないという矜持。
「そのような事には決して使わせないよう、私も命を賭してお守りいたします」
「いいえ、そんなときがあるならば、貴方には逃げてほしいわ。ミレニア」
「スフィアお嬢様」
「ミレニア」
何故だろう目から涙が溢れる。
「ゴメン…
二人とも盛り上がってるところ悪いけど…
そうならないように行動するわけだし。
あくまで万が一の話ですわよ、頼むからそういうのやめて…」
フェリシティが、ガシッと抱き合いそうな私とミレニアを止める。
「私、悲しくなる話は嫌いなの…」
といわれては言葉を続けられなかった。
なんか、らしくないフェリシティだった。
***
ドッドッドッドッ
軽快なエンジン音が、白亜の街に響き渡る。
道幅の広い整備された石畳、白い建物、中心には青い屋根と尖塔を持つ巨大な大聖堂。
大聖堂の前は広場となっていて、出店が並んで多くの人が行き交い賑わっている。
今日は夜も明けきらぬうちに出発し、陽が傾く前にランツァウの領都へと辿り着くことができた。
「初めてランツァウに来たけど、王都と変わらない街ですね」
私はゴーグルを外して街を見渡す。
「ランツァウは王都と比べて歴史も人口も変わらない規模を誇っていますわ」
フェリシティはゴーグルを首に下げる感じで外している。
「フェリシティは来たことが?」
「ありますわよ……八歳までの話ですが」
「……」
王子との婚約者時代ということですね…
「直接領主館へ行くか、サウザントの領事館へ向かい領事からアポイントを取るか…どうします?」
「この姿で訪問するのはちょっと…」
ニール伯爵領での衛兵とのやり取りが思い起こされる。
「まあ、そうですわよね。
ミレニアさん。案内しますので領事館に向かって下さい」
「畏まりました」
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