第74話:貴方は既に王国から命を狙われている
明るく淡い光に包まれた、窓の多い広間に朝食というには些かしっかりした食事がバンケットテーブルに並ぶ。
ランツァウ領への出発前。
ニール伯爵から朝食に誘われた。
昨夜の歓迎会というのは固辞したが、朝食まで断るのは流石に礼儀知らずになってしまう。
「アルマリン候のお噂はこんな辺境でも耳に届いております」
「恐れ入ります」
悪魔や魔王のこと…ですよね…
正面に座っているフェリシティの口元がピクピクしている。
この食卓には、ミレニアもフェリシティの口添えもあり席に付かせて貰っている。
ミレニアの今の立場が騎士爵なのも効いている。
この旅に先立って、私はアルマリン内での論功行賞を行なった。
その中で、ミスティとミレニアには騎士爵を与えている。
ミスティは婚期が遠退くと嘆いていた…
どういうこと?とフェリシティに聞くと、平民男性だと女性が騎士爵では気後れするし。貴族や商人が相手だと、騎士爵は武功で得るバリバリの武闘派爵位だから嫁にという貰い手がいないだろうとのことだった。
それを聞いてミレニアに良いのか確認したけど、これで私を守れる場所や場面が増えますと喜んでいた。
「これからランツァウ領に向かわれるとか…」
「はい、学生時代の友人に会いに行くつもりです」
「こんな時期にですか?」
引っ掛かる言い方だった…
「こんな時期とは何でしょうか?」
私の問いに伯爵の視線が泳ぐ。
唇を噛んだかと思うと…
「中立という方針を何時までも維持できる状況ではなくなりました」
そういって私をじっと見る。
私のせいだとでもいいたげな視線だった。
「私たちの勝利がバランスを崩してしまった?」
「ふっ。元々薄氷を踏むような状態でしたので…」
そう、自嘲気味に笑われた。
「申し訳ありません」
「いえ…私共も最初から分かってました。
現在のランツァウですが、王国のそして各公爵の諜報員が水面下で抗争状態です」
「抗争?中立の貴族領で?」
「蹴落とし合いです。ランツァウは強い。
どこが同盟を組むかでパワーバランスが変わると思われています。抗争は血で血を洗う状態だとか」
「ランツァウ自身はどう思っているのでしょうか?」
「先日、私自身がランツァウに赴き話を聞きました」
「持病で伏せがちになったランツァウ公の代わりに、嫡男のステファン卿に実権の移譲を進めていました」
「ステファン様に?」
伯爵は頷く。
「そのステファン卿が、王国への不信を抱いていらっしゃいました」
「ステファン様が…」
「不審というのは何ですの?」
フェリシティが尋ねた。
「この内戦。強いてはアルマリン候と王との婚約破棄から始まる一連の出来事に対する不信のようでした。
その中心としてソニアリシル王妃の名も挙げておられました」
「……」
「王妃は一体何者なのですか?
婚約破棄までさせられた、アルマリン候ならなにかお知りなのでは?」
言葉を紡げず黙ってしまった私に伯爵は質問を投げかける。
視線が私に集まる。
「あ…私も良くは知りません…いつの間にか人心に入り込み、今の状態を作られた存在です。
彼女の言葉で印象深かったのは…
“私はもう損する生き方はしない”
私の頭から離れなくなった彼女の言葉です。
全ての行動原理が込められている気がしてなりません」
「“私はもう損する生き方はしない”ですか?」
私は頷く。
「今まで虐げられ、奪われ続けてきたような言葉ね」
フェリシティが言葉を反芻している。
「何故か彼女は私を酷く恨んでいるようでした」
「スフィア。貴方が何かしたんじゃないの?
お得意の気付かないうちに…」
(あぅ)
フェリシティがそんなことをいってくる。
けど…
「む、無理よ。
彼女とはあまりにも接点がないんだもの」
「接点?」
「彼女は私に近づかなかったし、私も彼女に近づかなかった。
その間に、みんなまで私を憎むようになって、私を追放するときには、みんな私を睨んでいた…
生徒会で変わらなかったのはメルディシア嬢とステファン様だけだった…」
「ふーん。ステファン様に聞いてみると何かわかりそうね」
フェリシティに私は頷いた。
「それだけを聞いていると単なる学生の交友関係や派閥の問題のような気もしますが…
内戦、王位簒奪にまで繋がる話だとすると…話が変わってくる」
伯爵は腕を組んで考え始めた。
そろそろ陽が高くなってきた気がする…
「あなたの人となりは何となくですがわかりました…」
「伯爵?」
「貴方を追い出しただろう、ソニアリシル王妃のことすら悪口でなく、事実だけを淡々と述べているようにみえた。
貴方は、とても危なっかしく、だけど誠実だ。
…ソニアリシル王妃は、拝謁したこともないが…
もし会うことになったら、私も変わってしまうのだろうか?」
「たぶんですが、野心的な方、鬱屈された方は言葉巧みに心を誘導されるのかもしれません…
……
ソニアリシル自身、心の満たされない方なのかも…」
「満たされぬ人は、同じ思いを理解して人の心に入りやすい言葉を選べるのかもしれませんね」
そうミレニアが呟いた。
***
「それでは、失礼いたします」
そういって、私たち三人はカーテシーで挨拶をする。
伯爵は館の前まで見送りに出てくれていた。
「最も平和だろうと思える中立であるランツァウが、街という意味では最も危険な場所になっています。
貴方の性格だ、気づいていないかもしれないから言わせていただく…
貴方は既に王国から命を狙われている」
「えええ!私が?」
私のあげた驚きに、伯爵は肩を落とし、フェリシティとミレニアは項垂れた。
(え、え、えそうなの?そうだったの?)
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