第65話:一緒に笑い合えるように
『スフィア、このまま山脈の沿いに旋回するわ』
私たちは、リリスラー子爵領の奥深くを順調に飛行していた。
現在時刻05:40、日の出は06:30。
今頃、サウザントの航空隊と、翔鶴・瑞鶴から第一波の航空隊が飛び立っているはず。
この、航空隊は前線の制空権確保を目指す。
同時刻。フェリシティ自慢の新兵器というサウザント地上部隊も進軍を開始したと思う。こちらは同盟とはいえ秘匿だそうなのでお任せになっている、想定戦果を信じるしかない。
高層雲がレモンイエローに染まり始めた。
06:00、地上の夜明けは06:30だが、高度7000だと太陽はまだ姿を現さないが、機体が光を受け後方の僚機を浮かび上がらせていた。
ミレニア、フェリシティ、ルーシャン。そして心同じくするパイロットの操る飛行機がついて来てくれている。
無線封鎖をしているので、不安があったが、輝く機体たちを見て心から嬉しい。
思わず翼を振ると、みんなも応えてくれた。
『もう直ぐ、領都よ』
「うん!」
既に、黒い尖塔の一部が光を賛えた姿で領都は見えていた。
山脈が途切れ、湖や河川はまだ黒いが、障害物は少ない。
「無線封鎖解除!
戦闘機による威嚇行動後、零式輸送機、一〇〇式輸送機による降下作戦に入ります!」
私は声を張り上げた。
「全機私に続けーーー!」
◇◇◇
同刻
リリスラー子爵領とサウザント公爵領の領境。まだ夜の星の瞬きと、太陽の光が雲に淡く反射する不思議な光景を映しだしていた。
動哨は妙な音が川向うからしてくるのに気づいた。
エンジン音?これは最近ではよく聞くようになっていた。
飛行機はもとより、車や二輪車などが戦場に配備されるようになったからだ。
だが、エンジン音に混じったこの金属のような、巨人の住む館の錆びた扉を開けるようなこの音はなんだろう。
「すぐに報告しろ!同盟を組んだ敵の数はこちらの倍以上なんだぞ!」
悩んだあと、本部に戻って上官に報告すると、怒鳴られた。
「将軍に知らせろ!」
上官は他の当直に命令すると同時に、報告した動哨を連れて陣の最前縁へと駆ける。
まだ暗い、川を挟んだ先の闇の中からする異音。
ギュラギュラ
キュラキュラ
バキバキバキ ギュラギュラ
ギュラギュラ
振動とともに伝わる音は大きな物が木々を薙ぎ倒し接近を告げている。
恐怖を抱かずにはいられない。
「け、警報鳴らせ!敵、敵襲だ!」
何かはわからないわからないが。ヤバイことだけはわかる。
「砲兵、闇に向かって撃ち込め!」
「無理です砲兵はまだ!」
上官の命令に動哨がそう叫んだとき。
闇の中で、無数のオレンジの光が瞬く。
ヒュオン
ヒュン
ヒュオン ヒュン
風の音?
ドバァアアンッ
ドゥアァァァン
ゴガァァァアアン
後方で、前方で砂塵が巻き上がり、衝撃が身体を揺する。
身体が勝手に頭を抱えてしゃがみ込む。
ドドドドォォオン
ドドドドォ
ドドドドォン
今になって川向うの音が伝わる。
「う、うわぁぁぁぁ!」
動哨が叫ぶと、それを上回る鬨の声と、ラッパが聞こえてきた。
夜明け直前のことであった。
「起床!起床!敵襲だ!持ち場に着け!急げ!」
上官は、動哨の手を取ると
力の限り叫んだ。
周囲を見ると。
起き抜けの兵士が国産のマスケット銃を手に盛り土の胸壁へと集まり。
騎士は後方で馬へと向かうが。暴れたり逃げ出す馬が多いようで騒然としている。
サウザント公爵軍の砲撃も、目測あっての射撃ではないようだ。
陣への直接の着弾は少ない。
どちらかというと追い立てるように陣地の手前への砲撃が集中している。
ドォン
ドオォォン
ドゥォン
王国軍の防塁から、十二サンチの青銅砲が炎と黒煙を吐いた。
味方砲兵が暗闇に向かって反撃を開始したようだった。
ガインッ
と火花が闇夜に散る。
「ガイン?」
ヒュン
ヒュン
ヒュン
ズガヲオォオォン
ズドドドドオオオオオオオオン
猛烈な爆音が当たりを震わせる。
立っていた者が吹き飛ばされる。
動哨も、足元から浮き上がり吹き飛ばされていた。
「ううう」
吹き飛ばされて転がされた記憶が飛んでいる。
気付けば土の中だった。
動哨は頭を振って身体を持ち上げて、陣地を見る。
空が白け見たくないものが見える感じだった。
精強なるリリスラー子爵軍が、逃げ惑っていた…
「前装式ブロンズ砲の弾薬置き場に当たったみたいだな」
横を見ると上官が、仰向けに倒れていた。
「大丈夫ですか!」
「ああ、問題ないが…歩けそうにはないな」
脚があらぬ方を向いていた。
「大丈夫です私がお連れします」
動哨はそういうと、肩に担ぐことにした。
キュラキュラ
という川向こうの音に
オォォォォォォォォォォォォン
という遠い音が混じっている。
空を見上げると、明け始めた空に無数の航空機が覆い尽くしていた。
動哨は、ただ、ただ空を見上げ呆けることしか出来なかった。
◇◇◇
「敵の退路を確保しつつ前進を続ける」
首のマイクを押さえながら、狭い機械の中に押し込められた車長であり大隊指揮官が指令を発する。
立ったままの指示だ、座っているのは操縦手だけで、砲手、装填主は同じく立っている。
キュラキュラと音を出す正体は、サウザント公爵領で発掘された、戦車。
九七式中戦車「チハ」36輌、九五式軽戦車「ハ号」18輌の姿であった。
鋼鉄の躰に鋼鉄の脚を持った巨躯が、金属を軋ませる甲高い音を出して木を薙ぎ倒し、川の浅瀬を渡河して行く。
その後ろにはサウザント兵の一団が続いている。
「フェリシティお嬢も、敵の退路を確保しつつとか無茶言いますね」
砲手が車長に話しかける。
「第一に我らの命、第二に目標の達成、第三に…敵の命とおっしゃられていたよ」
「敵の命とか意味わかりませんね…」
「”元々は同じ国の臣民です、この戦いが終われば友人であり味方です。一緒に笑い合えるように、こんな戦いで恨みは買わないように”といっていたよ」
「フェリシティ様がですか、まだお若いのに…」
「どうも、誰かの受け売りみたいだがな…いい友達でも出来たのだろうよ」
「しかし、敵も被害が少ない状態だと降伏は出来ないでしょうに、どうするんですかね」
「アルマリンの悪魔がなんか考えているとかいってたよ」
チハは呆ける動哨と上官の脇を通り過ぎて行く。
武器を持たないもの、戦う意思を持たないものは既に敵ではなかった。
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