第64話:恐れるものは何もない
03:00 晴天 無風
森を切り開いた野戦飛行場はまだ闇に包まれていた。
朝を待つ獣たちはまだ寝ている時間。
突如、何重にも重なる数多のエンジンの爆音が空気を震わせる。
驚いた鳥たちが暗い空へ飛び立っていく。
赤と緑の翼端燈が闇夜に瞬き、尾燈が朧に位置を知らせる。
青白い編隊燈を明滅させ自分の部隊を示し合わせる。
「この一戦で一気にリリスラー子爵領を奪います!
さあ、行きましょう!私に続いて来てください!」
私は、スロットルを全開にしてブレーキから足先の力を緩める。爆音を残して加速すると一番に大空へと舞い上がる。
空に描く私の燈火を追うように、一機、また一機と誘導路から滑走路に入り、鋼鉄の鳥たちが尾燈を闇に残し空へと羽ばたく。
私の声を皮切りに、作戦が開始されたのだ。
「もうちょっと威勢の良い掛け声はなかったんですの?」
フェリシティに注意されてしまった。
私もそう思うけど…
ウィンザーとサウザントの同盟後最初の大攻勢だ。
…大攻勢過ぎていざとなったら胃が痛くなってしまった。
今回の参加戦闘機数は約300機強、地上戦力は4万を超える。
その他にアルマリンは、翔鶴、瑞鶴の空母二隻と、重巡洋艦の利根が参加する。
「先ずは制空権を取ります!」
飛行場は王国支持のリリスラー子爵の所領にある。
領地規模は地図上はリッツ子爵領とそう変わらないように見えた。
領境から領都までは約400キロ。
山と森だらけの領内にある飛行場の数は1。
「リリスラー子爵領唯一の飛行場は、自領航空戦力がなく王軍の駐留基地として使われています。ここを押さえれば、王国航空戦力の継戦能力は劇的に減りますわ」
右後方を飛ぶフェリシティからの通信。
「この時間に出撃って結構無茶だよね。だからこそ奇襲になる。上から被せて飛び立てない状況を作れれば勝ちの目がみえるはずだ」
後方のルーシャン。
「旧式の野戦砲と歩兵中心のリリスラー陸軍は、飛行場が落ちれば引くしか無くなる筈です」
左後方のミレニア。
エリオット様には輸送機の直掩部隊指揮をお願いしている。ジュリアンは、負傷の治療のため出撃は認めなかった。
アルマリンとリッツ子爵の合計120機の航空隊が飛び立った飛行場は、領境から130キロ程離れている。
リリスラー子爵の飛行場は領境から140キロほど先で、直線で270キロしか離れていない。飛行機だと目と鼻の先とも言える。
また、サウザントの航空隊と翔鶴、瑞鶴からは、夜明け前に別の場所から出撃することになっている。
リリスラー子爵領には王国より固定レーダーが供与されていて、私たちはそのレーダー範囲を大きく迂回して向かうことにした。最初は殆どリッツ子爵領を飛行することになる。
「夜間飛行は、地平線すら見えないから、計器に頼ることになるけど、激しい旋回で水平儀が追従しないと螺旋旋回して墜落もあり得るからね。空間識失調、バーティゴが怖いよ」
「だから、スフィアが先頭を飛ぶんでしょ」
ルーシャンの言葉にフェリシティが窘める。
「私にはシルヴィがいるから。先導は任せて」
『任せなさい!』
私の燈火を頼りに全ての機体が小隊単位に大きな編隊となって闇夜を飛ぶ。
高度を徐々に上げ、高度7000メートルで目的地に向かう。
「隊長機へ、出力が足りない高度が取れない、帰投する。申し訳ない…健闘を祈る」
通信が入ってくる。
エンジン不調や編隊を見失ったものは直ぐに編隊から離れるようブリーフィングで伝えている。
「無事の帰投を祈ります」
『固定式レーダーはレーダー波は扇状に広がって楕円状の領域を映し出すわ。機数も高度も把握できない旧式よ』
シルヴィが教えてくれる。
私は操縦桿を内腿に挟んで、ペンライトを口に咥えると、地図を広げた。
リリスラー子爵領に入って領都や飛行場に向かうのに山々を回り込んでいくルートが書き込まれている。
出来るだけ人口の少ないルートで、直線で進み経由地点に高度と旋回角度を記している。
夜間だ、私が先導するにしても、真っ直ぐが望ましいし、高度をとっていても人口が多いと音で気付かれる可能性が高い。
街や村から少なくとも10キロは離れた場所を飛びたい。
『機数が多いから、どうしても無理な所は諦めるしかないよ。スフィア』
「ええ、そうね」
地図を仕舞うと、正面をみるが黒い地表と夜空に境界が見えない。星は瞬くが新月を選んだため月明かりすらない。
地面に吸い込まれているような感覚になる。
『スフィア。大丈夫よ』
「ありがとう」
後ろを見れば無数の翼端燈が点滅し輝いている。一人じゃない、シルヴィもミレニアもフェリシティもみんな私を信じて力を貸してくれている。
(恐れるものは何もない)
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