第62話:私でないと止められない…
野戦飛行場が視界に入る。
何も決まらない会議から戻ってきた。
私にとっては、ミランダに会えたことが、なにより代えがたい貴重な一日だった。
着陸態勢に入る。なんだろう、飛行場が慌ただしい。
『戦闘があったみたいね』
「戦闘!」
傷ついた機体、担架で運ばれる、搭乗員。
滑走路脇にも邪魔にならないように退けられた機体が置かれ、煙すらでている黒く煤けた機体が何機も放置されていた。
その中に微かに見えた紋章が…
「ヴァディス!」
タッチダウンした私は、誘導員の誘導ももどかしく、駐機すると直ぐに飛び降り…
「た、高いわ…」
れなかった。4メートルは飛び降りれない。
『そんなこといわれても』
タラップをつけて貰って駆け下りる。
ミレニアも走ってくれている。
意味もわからずフェリシティもミレニアについて走っている。
「ジュリアン!ジュリアンどこ?」
「スフィア殿!」
「ルーシャン。ジュ、ジュリアンは?」
私はルーシャンの腕にしがみつく。
「落ち着くんだ。大丈夫だ。大丈夫だから」
(あれ?頭を撫でられてる?)
そんな場合じゃないでしょ。
でも、呼吸が整ってきた気がする。
「大丈夫だから」
「ウン」
「落ち着いた?」
「はい…」
「ルーシャン、スフィア…怪我した私の目の前で何してるのかな?」
「ジュリアン!生きてる!生きてる」
私はジュリアンに抱きついた。
「おぉっと」
「あ、クソっ」
何故かルーシャンが悔しそうな声をあげた。
「スフィア様いい加減お離れになってください」
ミレニアの注意が飛んできた。
「え!ん?」
私はハッと気づいて飛び退いた。
「ご、ごめんなさい」
よくよく見ると、ジュリアンは松葉杖を突いていた。
「怪我してるじゃない!」
「まあ、着陸したときにね…」
「ジュリアンあれは着陸とはいわないよ」
ルーシャンがジュリアンを否定する。
***
「黒い奴がでた?」
私はジュリアンに聞き返す。
子爵に借りている館の食堂ではなく、飛行機の写真がいっぱい飾られた応接間に移動した。
足を怪我したなら、ソファーで足を上に上げていた方が良いから。
「アルマリン領で見たやつだ。間違いない」
「確か…キ87試作高々度戦闘機でしたよね?」
(ティテに教えて貰ったわ)
「機体名はわからないよ、スフィアのいうのが正しいと思う」
(まあ、そうよね…)
「黒い奴って何ですの?」
「敵のエースなんだ。一瞬で何機も落される」
「エースですか」
フェリシティの声が弾む。
(フェリシティ闘志を燃やさないで…)
「ジュリアン。何が起こったか教えてもらえる?」
「定時の哨戒をしてたんだ。A6M2を連れていたから、高度は5000メートルくらいだったと思う」
「この前割り振られた哨戒スケジュールね」
ジュリアンは頷く。
「朝は高層雲が覆っていて気づけなかった、キ61と共に奴が襲いかかってきたんだ。
スフィア。すまない僚機を、仲間を失ってしまった」
「いえ…良く生きていてくれました、自分を責めないで下さいね」
私はジュリアンの震える手を握るとそれだけ伝えた。
***
「どこに行きますの?」
ジュリアンを落ち着かせて応接間をでると、フェリシティとミレニアが追いかけてきた。
「へ、部屋に戻るだけよ」
「そっちは飛行場よ」
(あわわ)
「あ、あのね…黒い機体は私が行かないと」
「…」
「私でないと止められない…
このままじゃあみんなが死んじゃうわ」
「貴方。自分を買いかぶりすぎですわ」
「え?」
「それと、私を舐めないでくださいます?」
フェリシティの力の籠もった怒りの声。
「そうです、技術や理論ならば、私のほうがスフィア様より遥かに上ですよ」
ミレニアに射竦められる。
「スフィア候。戦場でエースの存在は大きい。だけど、それだけで戦争には勝てないよ」
エリオット様が、私の肩に手を置く。
「それに、スフィア殿なら、戦わずに勝てる方法だって思いつけるんじゃないかな?」
ルーシャンが無茶なことを言ってくる。
(無理!)
***
寒い…
空を見上げると、茜雲が空を彩っている。
私は飛行場を、一人で歩いていた。
ミレニアはいない、シルヴィに張り付いて私が、出ていけないように見張っている…
(信用無いな…)
私は、破壊され、飛べなくなった機体たち一機一機に手を置いて哀悼を送って歩く。
ジュリアンの機体の前に来た。
黒く煤けた機体を前に、膝をついて座り込む。
戦わずに勝つ。ルーシャンの言葉。そんな方法があるのなら、それに越したことはない。
(…でも、無いよそんなの…)
あれば、みんな使ってる。
まあ、飛び立てなく出来ればいいと考えれば飛行場を使えなくすればいいけれど…
「ごめんね、煮詰まらさせちゃったかな」
見上げるとルーシャンが立っていた。
「無茶振りが酷すぎます」
「頭は冷えたかい?」
ルーシャンが横に座ってきた。
「……」
「君を失うわけにはいかないからね」
「ですが、仲間を失えません…」
(そんなの嫌です、堪えられません)
「……スフィア殿。ここの機体には、もう妖精は居ないのかい?」
「…はい」
もう、この子達には妖精が居ない…
妖精の世界に帰ったんだと思いたい。
ここに残るのは二度と飛べないガラクタ、空を駆けた残滓。
「ルーシャン。屋敷に戻りましょう…ミレニア連れて」
戻りがけ、ミレニアは、シルヴィの横で両腕を抱え寒そうにしていた。
「ミレニアごめんなさい。頭が冷えました」
私が頭を下げると、ニッコリ微笑んでくれた。
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