第51話:大丈夫だから
私を頂点に、ミレニア、ジュリアン、ルーシャンでフィンガーフォーの編隊を組み、
高度5500メートル。時速400キロで航跡を残して東南東へと進路を取る。
後ろに続く20機のA6M5の部隊を導いている。
「スフィア様。まだ、撃てないトラウマが治っていない可能性があります。決して無理しないで下さい」
「スフィア。高高度から指揮を執っていてくれ」
「ですが、黒い機体がいると聞きました、あれは私でないと…」
「スフィア殿。君の今日のロッテは私だ、何があっても守ってあげるからね」
「ルーシャン様…」
「スフィア候。私もいることをお忘れなく」
「エリオット様、ついてこられて良かったのですか?」
大枠の決まった、ピューリッツ子爵と、ノース公の交渉はお任せして、部外者である私は早々に抜けさせて貰った。
割譲される領地の一部はアルマリンというか私にと言う話もあったが、丁重にお断りしたら、代わりにエリオット様をつけられてしまった。
(なぜでしょう?)
私たちは、ウィンザー反体制連合軍の、最東南端にあたる貴族領の前線に向かっていた。
「サウザント公爵の連合軍は、王国と同じキ43、隼系統の機体らしい。王国軍と間違えて撃つのはまずい」
ルーシャンが、言ったのは、最東南端の領境は、ウィンザー連合軍、王国軍、そしてサウザント連合軍が入り乱れる戦場となっているとのことだった。
また、同時に外交交渉で、ウィンザー公爵とサウザント公爵の間で同盟の交渉が始まっていると、ピューリッツを発つときにウィンザー公より聞かされていた。
「とても、デリケートな場所になるみたいですね…」
「スフィア様、空戦区域も考えながら飛ばないと問題になりそうですし。王国軍の戦力も集まっているそうです」
「それで、機動性の高い私たちが救援にってことなのよね」
「はい」
ミレニアの返事を最後に、会話が途切れる。
私は、どこまでも青い空を見ていると、先日のステファン様のことを思い出す。
信頼していた方を、久しぶりに見られた。私を心配してくださった。堪えてた涙が出て止まらなかった。
今思うとなんとも恥ずかしい。いったいどう思われただろうか…
『スフィア!』
シルヴィが叫ぶ!
意識を戻すと、一瞬影が過った気がした。
「て、敵機!みんなブレイク!」
私は、叫んだ。
上空、高高度に敵影20機の影が見えると、8機が覆いかぶさるようにこちら目掛けて降ってくる。
「上空、王国の紋章、機影からキ61飛燕と思われます」
ミレニアの声が飛ぶ。
「アルマリン奪還戦でも見た機体だけど、なんか尖がった刺さりそうなデザインね」
A6シリーズのシンプルな美しさと違う、流麗なデザインの機体。
『海外の血を受けた特別な生い立ちの娘たちよ、変わった形でしょ』
「?」
J7W1震電のシルヴィも、形では十分に…
『スフィア貴方が、頑張らないと全滅するわよ』
「え?そうなの?」
『あの娘たち、時速800キロ以上で降ってくるわよ』
「ええええっ!」
私が上空を見直すと猛烈な勢いで迫る姿が見え、それは後方のA6M5を狙っていた。
「み、みんな!高度を高度を下げて!!」
『スフィア、それはダメ!悪手よ!』
言ってしまった以上、ごめんも待ったも効かない。
後方の機体から、私の言ったことに従って降下を始めてしまっていた。
「スフィア、ダメだそれは、降下速度が違う追いつかれて的になるだけだ!」
ジュリアンの声がヘッドセットに木霊する。
私は操縦桿を倒し180度ロールして背面になると、そのまま下方向へ機首を下げてダイブに入った。
「スフィア様!」
ミレニアの叫びが聞こえる。
『撃てるの?スフィア…』
シルヴィの言葉に心臓が跳ねる、汗が滴り落ち、手が震える…
…だけど!
私の指示のせいで、仲間を。仲間を失うことは決してできない。
(私が盾になってでも…)
『スフィア。私を信じてくれる?』
「え?」
『セレクターで、外側二挺に設定して。
私は、機首に四挺の機関砲を装備しているわ
四挺で撃てば7秒で弾が切れるの…』
「七秒?」
『だから二挺にして倍に伸ばしましょう』
「うん、わ、わかったわ」
私は言われたとおりに、セレクターを二挺の位置に合わせる。
『追いかけて一発だけ、一発だけを敵の垂直尾翼に当てて』
「でも、私、う、撃つこと自体が…」
「敵機が速い逃げきれない!!」
味方の声が聞こえてくる
「スフィア様ーーー!」
先日一緒に祝杯を上げた人の声だ
「うわーーーー!誰か誰か助けてくれー」
(やだ、やだ、やだ、みんな)
『貴方の罪は私も一緒に背負う。だから、貴方は仲間を助けることだけを考えて』
(で、でも…でも)
『一点だけ、針の穴を、思いっ切り集中して狙うのよ』
(そんな、そんな…)
『みんな死んじゃうのよ!』
シルヴィは速い途轍もなく速い。キ61がどんどん大きくなってくる…
『大丈夫、貴方なら、味方も敵も死なないから…』
(?)
どういうこと…
なんだろう、シルヴィと話してるうちに、視界が真っ白になり、照準器だけが見える。
静か、そして、とても穏やか…
この世界に私しかいないような気になる…
照準器が光点を捉えている…
『大丈夫だから』
私の手に誰かの手が添えられた気がした…
「うん」
私は人差し指を一回引いた。
ドシュ!
ドシュ!
その音と振動に私は前に投げ出され、一瞬シルヴィが空に止まった気がした。
キャノピーが煙に包まれ、その煙と吸い込んだ後方のプロペラがパパパパン!風切り音を発する。
時間はとてもゆっくり流れている気がする。前方のキ61が逸れていく尾翼が消失していた。
私は歯が噛み合わずガチガチ音をさせている。
通り過ぎたキ61は機首を緩やかに上げると、操縦者が空に身を投げた。
涙の流れる目でそれを追う。
そして、後方でパラシュートの花が開くのを見た。
(あああ、良かった)
『スフィア!もう一機いける?』
私は返事もできずでも、操縦桿を握る。
そして、また視界が白に包まれた。
ドシュ!
ドシュ!
『もう一機!』
ドシュ!
ドシュ!
すれ違うようにして、泣きながら引き金を引く…
違わず垂直尾翼を削り取っていく。
その度に操縦者のことを目で追った。
『スフィア…』
そして、私に気付いたのかキ61が散開し上昇に転じると。
私についてきてくれていた、ミレニアとジュリアンのN1K3-AとA6M8がそれを狙って襲い掛かっている。
ルーシャンと、エリオット様のA7M2とA7M1は、上空の残ったキ61を牽制してくれていた。
私はそこから上昇に転じる。
ギイイイィイィイィイィィィィィィン
という金属のような風を切る音を残し、天井知らずの上昇力で空を駆け上がる。
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