第49話:祝杯
「スフィアルィーゼ候、こちらでしたか」
「ピューリッツ子爵」
私は掛けられた声に振り向くと、包帯姿が痛々しいピューリッツ子爵が立っていた。後ろには車止まっている。
「お加減は?」
昨日も動き回っていた子爵を見ているけど、聞かずにはいられなかった。
「見た目は酷いですが、動くに支障はないですから、お見苦しかったら申し訳ありません」
私は首を振って、そんなことありませんと続けた。
「それにしても凄まじいですね」
私が佇んでいた視線の先には、直径20メートル、深さ8メートルの大きな穴が穿たれていた。
「昨日の爆弾の後です…誰にもあたらず良かった」
「不思議…というか、貴女は戦場に似つかわしくないのですね」
私は子爵を見る。
「相手のことまで考えて戦争をしている」
「だめですよね…」
「いいえ、良いんじゃないですか?貴方のような人がいるのは救いだと思います…」
私はビックリして子爵の顔を見る。
「ただ、貴方の責任がどんどん重くなってしまう」
「そ、それは、嫌ですね」
私は眉根を寄せた。
「でも、どうせ戦うなら、私は貴方のもとで戦いたい」
◇◇◇
「何故だ!」
王国参謀部は、天地がひっくり返ったような驚愕に包まれていた。
「負ける訳がないだろ!兵力差で10倍だぞ、10倍!」
王国・ノース連合軍の北東からの侵攻による。クルルシェル平原の戦いは、王国側にとって一瞬で勝って終わる予定だった。
たしかに、一瞬で終わる見立ては間違いがなかった。
ただ、勝者と敗者が入れ替わっただけだ。
「こんな話はありえません、報告が間違っているとしか…」
「ノース公からの突き上げが酷い」
今回の出兵は、ノース公の3万8千名、王国2千名の混成軍であった。
「有力諸侯とはいえノース公も暫くは立ち直れないかも知れないな」
「ソ、ソニアリシル様はこの件に関してなんと言っている?」
「「そう…」とだけ。言われたそうです」
「それだけか?」
「はい…」
「「ノース公を今倒せば良いんじゃないの?」とも言われたそうです」
「……」
「東と西に圧力を掛けてくれる協力者だぞ…何を言っているんだ?」
「……」
誰も答えられなかった。
クルルシェルの戦いで、航空機運用の恐ろしさが、王国内はおろか世界にまで広がってしまった。
唯一、弾薬や爆弾の発掘は少なく、模倣は技術が追いついていなかった、それが
均衡を保たせている救いだった。
◇◇◇
「さぁて、お嬢様、また危険なことをしましたね」
「え、え?」
私は、翔鶴に戻ると、ミスティとミレニアに後向きに両腕をとられ提督室に連行されていた、まあ私の部屋なんだけど。
現在、翔鶴と瑞鶴は、ピューリッツの湖に錨泊している。
戦に勝ったのは良かったけれど、捕虜が多すぎてしまった。普通なら大半が散り散りに逃げても良さそうなんだけど。全員が呆然自失となってしまっていて、逃げなかったらしい…
この件は早急に対処しないと、捕虜でピューリッツが破産してしまう。
また、ピューリッツの防衛の問題もあって、方針が決まるまでは移動できなくなってしまった。
(まさか勝っても問題があるなんて思ってもいなかったわ)
実際に戦争はしないのが一番だし、駄目なら睨み合ってるくらいが良いみたいだと思った。
「…ということなのよ」
三時間に及ぶ、ミスティとミレニアのステレオによる、お説教マラソンから解放された私は、フラフラとティテの下にやって来た。
『ふーん』
あれ、ティテがそっけない?
「怒ってます?」
『......』
「ティ、ティテさん?」
『見知らぬ飛行場に、ひとりポツンと…』
「.......」
『嫌な考えばかり浮かぶし…』
『そうよね、スフィアは弱いくせに色々首突っ込むから心配なのだわ』
シルヴィが会話に参加してきた。
『そうよ、心配したんだからね!』
「ごめんなさい」
私は二人に謝った。
『『スカート10枚くらい切らないと気が収まらないわ!』』
「なんでよ!」
***
ティテから降りると今度は、ジュリアンとルーシャン、何故かエリオット様も私を待っていたかのように立っていた。
「ど、どうされましたか?」
私は身構えた、お説教の文字が頭を過ぎる。
「スフィア殿。何でそんなに身構えていらっしゃるのですか?」
ルーシャンが、私の仕草に驚いてしまった。
「いえ、怒られるのかなって…」
三人は顔を見合わせるとおかしそうに笑った。
「何故、我々が怒るのですか?貴方は私の領民を領地を守ってくれた恩人ですよ」
「スフィア。私は凄く心配した、でも信じていたよ。出来れば君の横で守っていたかったけどね」
「え、え、えぇ。あ、ありがとうジュリアン」
「では、なんで?ここに?」
「ささやかながら、勝利の祝杯ですよ」
ミスティとミレニア、それにビンセントが現れると、わらわらと翔鶴の乗組員が格納庫に入ってきた。
大きな木箱を抱え、お酒や食べ物がどんどん運び込まれてくる。
格納庫の天井には灯りが並び、ティテやシルヴィの翼の下にテーブルが並べられていた。
「ミ、ミレニア?」
私はミレニアを見る。
「スフィア様は、アルマリンを取り戻した時は参加できませんでしたからね」
ミレニアが、私にグラスを持たせる。
「皆で祝う、楽しむはとても大事なことですよ」
ミスティが、ワインを注いでくれた。
「今日は、どうかお楽しみください、お嬢様」
ビンセントが、席とテーブルを用意してくれる。
「スフィア様」「お嬢様」「スフィアお嬢様」
「スフィア」「スフィア殿」「スフィア候」
『『スフィア』』
「「「「「スフィア様!、勝利おめでとう!」」」」
その夜、翔鶴から楽し気な宴の声が終わることなく聞かれた。
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